二重回転円筒水槽における波動現象の研究

〜波動の可視化と追跡粒子による解析〜


2013年3月

気象研究室 舛田あゆみ




背景・目的

地球大気には、極と赤道の温度差を解消するために傾圧不安定波が発生している(図1)。

図1:500hPa高度面における高度分布図(南半球)中緯度で波数4の波動が発生


回転水槽実験は、地球大気中の傾圧不安定波を室内実験で再現し、
発生した波動を研究する実験として1940年代頃から行われている。

1965ねんには、回転水槽実験の創始者ともいわれるFowlisとHideによって
回転水槽中に発生する波動形態を表す模式図である
Regime Diagram (図2)が報告された。

図2:Regime Diagram 図3:熱ロスビー数Θ テイラー数Ta


これまでの研究の問題点と、本研究の目的は下の表に示す。


過去の研究の
問題点

・波動の観測は目視で行われてきたため、
定性的な研究に留まり定量的な研究に至っていない。

・温度傾度や、回転速度を一定に保つ技術が不足していた。

本研究の目的
・現代の科学を駆使した実験装置による観測

・新技術を用いた実験結果の定量的な解析




実験手法

パラメータ

温度傾度 5℃〜35℃ (5℃毎)
回転速度 1rpm〜12rpm (1rpm毎)
流体水深 2p〜10p (2p毎)

図4:二重回転円筒水槽 図5:水槽の仕組み


図2は、本研究で使用した二重円筒回転水槽である。

中央に設置してある水槽は、図3のように3層に分かれている。
外側に温水、内側に冷水を流し、中央に挿入する試験流体に温度傾度を
与える仕組みになっている。

実験パラメータは、温度傾度・回転速度・流体水深の3つである。
実験は一回40分で区切り、3つののパラメータを変化させながら合計488回実験を行った。



解析手法

ツール

EDIUS6 発生した波動をデジタル映像として記録
PIV 粒子の動きを速度に変換し、流体を可視化・数値化

図6:PIV解析 (4p-dt20-8rpm)


Particle Image Velocimetry(PIV)は流体を可視化する手法の一つである。

図6のように、記録した実験映像にPIV解析を施し実験波動の流速を数値化した。




実験結果の分類

実験結果は、図7のように、発生した波数毎に色分けした。
実験中波動が一定の形状を保つ定常は枠を塗りつぶし、
実験中、波形や振幅、波数の変化する波動は○の塗りつぶしとした。

図7:実験結果区分
図8:実験波動の分類例


実験結果

図9:温度傾度10℃の実験結果の模式図
図10:全実験結果を温度傾度ごとにまとめた模式図
横軸:回転速度(rpm)縦軸:流体水深(p)

図9は、温度傾度10℃の結果をまとめた模式図である。
図からわかるように、回転速度と水深を変化させることで
波動の発生が系統的に変化することが明らかになった。

図10は、すべての実験結果を温度傾度ごとにまとめた模式図である。
条件を一つずつ変化させて実験を行ったことで、
波動発生の系統的な変化が明らかになった。




考察

考察1 回転速度・温度傾度・流体水深が波動形態へ及ぼす影響
考察2 先行研究の再現性
考察3 実験波動と大気現象の関係




考察1:回転速度・温度傾度・流体水深が波動形態へ及ぼす影響



波動の発生割合を水深・回転速度・温度傾度ごとに棒グラフにまとめた。

図11:水深ごとにまとめた波動の発生割合
図12:回転速度ごとにまとめた波動の発生割合
図13:温度傾度ごとにまとめた波動の発生割合


実験結果の分類に倣い、波数2は赤、波数3はピンクとして表している。

赤の波数2に着目すると
水深では、6pと8pをピークに発生
回転速度では5rpmをピークに発生
温度傾度では温度傾度が25℃以上
になると多く発生していることがわかる。

回転速度と温度傾度が波動の発生形態に影響を与えることは
先行研究で示唆されていたが、本研究の解析により新たに
流体水深も波動の発生形態に影響を及ぼすことが明らかとなった。


考察2:先行研究の再現性
図14:Regime Diagram 1 図15:Regime Diagram 2


図14と図15は、本研究結果を分けてプロットしたRegime Diagramである。

先行研究の対応する領域と比較する。

図16:Regime Diagram 3 図17:Regime Diagram 4


水深が6p以下と浅く、温度傾度が15℃以下の実験結果(図14、図16)は
先行研究のRegime Diagram と波動の発生領域が類似し、先行研究を再現している。

一方、水深が8p以上と深く、温度傾度が20℃以上と大きい実験結果(図15、図17)は
先行研究の波動発生領域と大きく異なり、先行研究を再現していないことがわかる。

実験結果をRegime Diagramにまとめた結果、実験条件における
先行研究の再現性が明らかとなった。




考察3:実験波動と大気現象の関係
図18:南極を中心にみた300hPa面における平均風速分布図
図19:4cm-dt20-6rpm のPIV解析図


図18と図19は、地球と水槽実験の流速を表す。

それぞれの速度の大きさの違いから、類似性はないように思われるが
相似則を用いて、類似性を考察する。


図20:相似則を用いた比較


図20の左側は地球、右側は水槽を表す。

それぞれの中緯度の円周と回転の周期を相似則に当てはめると
5833:1という比の値が算出され、この比の値を
水槽実験で算出された代表流速6o/sに当てはめると 35m/sという数値が算出される。


相似則から算出された比の値を用いて
水槽実験から算出された35m/sは大気中のジェット気流流速と類似することから
水槽実験は大気を速度に関しても再現していることが明らかとなった。



結論

結論1 流体水深は波動の発生形態に影響を及ぼす
結論2 実験条件により先行研究の再現性に差異が生じる
結論3 実験波動の流速分布は地球大気に類似する




今後の課題


課題1 Regime Diagram における先行研究との相違の解明
課題2 PIVを用いた波動構造の解明
課題3 波動映像を用いた学習教材の開発





謝辞



本研究は指導教官である筆保弘徳准教授
PIV開発の第一人者であられる 横浜国立大学工学研究院 西野耕一教授
にご指導を賜りました。

回転水槽実験装置は富士機設工業熊取谷様に特別に設計をしていただきました。

気象実験クラブの佐藤元代表、清原康友予報官、筆保研究室の方々にお力添えをいただきました。

この場をお借りして深く御礼申し上げます。


2013年3月