温熱環境に対する日傘効果の実験研究
〜黒ねこ実験 2011〜



曽屋愛優香

2013年 3月




 研究概要


   背景

 近年、夏場に入ると連日熱中症に関する情報がメディアに取り上げられている。実験を行った2011年の熱中症による傷病者数は、39,489人であった。屋外で活動中の熱中症以外にも屋内や車内で熱中症となる場合についても報道され、注意が喚起されるも、秋に入り気温が下がり始めるまで熱中症の傷病者は依然多かった。
 つまり、夏場の諸条件における熱中症の危険指数を正確に把握し、有効な対策案を研究することが必要であると考えられる。。

   目的

 本研究では、夏の暑い日はどのような事に注意することで、快適に生活することが出来るのかを実験により調べた。特に、日傘や木々の影に温熱環境を快適化する効果があるのかを野外実験によって研究した。

   副題「黒ねこ実験 2011」

 球温度計を用いた中症対策の研究として、温熱環境観測測器 ロスケを用いた観測実験2011年に実施したことから命名した。

   温熱環境観測測器 コロスケ

 三脚の足に塩化ビニル管の胴体を付け、発泡塩ビ版のシェルターと黒球を取り付けた測器である。
コロスケ
   図1:温熱環境観測測器 コロスケ における観測部分とその対象

   温熱環境を調べる指標

 WBGT
WBGT = 0.7×湿球温度 + 0.3×黒球温度
太陽輻射を考慮した、熱中症防止のための指標。
日本体育協会では、熱中症を防ぐために以下のような指針を掲げている。
表1:WBGTと熱中症の危険性
WBGT
(℃)
湿球温度
(℃)
乾球温度
(℃)


31以上 27以上 35以上 運動は
原則中止
皮膚温度より気温のほうが高くなり、体から熱を逃がすことができない。特別の場合以外は運動を中止する。
28〜31 24〜27 31〜35 厳重警戒 熱中症の危険が高いので、激しい運動や持久走などは避ける。体力の低いもの、暑さに慣れていないものは運動中止。運動する場合は積極的に休息をとり、水分補給を行う。
25〜28 21〜24 28〜31 警戒 熱中症の危険が増すため、積極的に休息をとり、水分を補給する。激しい運動では30分おきくらいに休息をとる。
21〜25 18〜21 24〜28 注意 熱中症による死亡事故が発生する可能性がある。熱中症の兆候に注意しながら、運動の合間に積極的に水分を補給する。
21未満 18未満 24未満 ほぼ安全 通常は熱中症の危険は少ないが、水分の補給が必要。市民マラソンなどではこの条件でも熱中症が発生するので注意する。

 不快指数
DI = 0.72 (乾球温度+湿球温度) + 40.6
気温と湿度を用いた蒸し暑さの程度を示す指標で、温湿度指数(THI)ともいう。アメリカの気候学者トム(E.C.Thom)が、主として冷房を設計する際の温度の指標とするために1957年に提唱した。
表2:不快指数と体感
不快指数 体感
85〜  暑くてたまらない
80〜85 暑くて汗が出る
75〜80 やや暑い
70〜75 暑くない
65〜70 快い
60〜65 何も感じない
55〜60 肌寒い
 〜55 寒い



 実験概要


   実験1:傘の影の効果

 2011年8月24日(水) 野外音楽堂ステージ前
 コロスケを3台用意し、一つに白い傘、一つに黒い傘を取り付けて観測実験を行った。
 以下に示したのは、野外音楽堂を上空から見た様子と、各条件の設置の様子である。
実験1
   図2:実験1 実施の様子

   実験2:木の影の効果

 2011年8月26日(金) 野外音楽堂 各ポイント
 コロスケ3台を各条件ごとに設置した。足元は、全てコンクリートブロックに限定した。
 以下に示したのは、野外音楽堂を上空から見た様子と、各条件の設置の様子である。
実験2
   図3:実験2 実施の様子



 結果


   実験1:傘の影の効果

 黒球温度は、日向で日中平均38.3℃、最高48.9℃を記録。日変化があり、日向での温度が一番高い。短い時間においても、大きな変動を示すのが特徴である。乾球温度は、日向で日中平均30.3℃、最高33.5℃を記録。日変化があり、日向と白い傘での温度がほぼ同じ。湿球温度は、日向で日中平均25.7℃。日変化は無く、条件による差も無い。

 WBGTは、どの条件も一日を通してほぼ「厳重警戒」の状態を推移した。日向に関しては部分的に「運動は原則中止」の状態となった。傘の影による、明瞭な快適化効果を確認することは出来なかった。

 不快指数は、どの条件も一日を通してほぼ「暑くて汗が出る」の状態で推移した。傘の影による、明瞭な快適化効果を確認することは出来なかった。

   図4:実験1 各条件の観測結果


   図5:実験1 各条件のWBGT


   図6:実験1 各条件の不快指数


 実験1:結果のまとめ

各傘の影での温度から 日向での温度を引くと、次のようになる。温熱環境快適化効果があるとした部分を桃色で示した。

表3:傘の影による効果
差の平均 白傘 黒傘
黒球温度[℃]
-1.7 (4.3%) -3.3 (8.2%)
乾球温度[℃] -0.2 (0.5%) -1.4 (4.5%)

以上の結果から、傘の影は、温熱環境を 4 〜 8 % 改善する。

黒傘
(約4%)

(約8%)


約2倍の効果

   実験2:木の影の効果

 黒球温度は、日向で日中平均38.9℃、最高50.7℃を記録。日変化があった。林で日中平均25.9℃、最高27.7℃を記録。林では日変化を確認できなかった。乾球温度は、日向で日中平均30.6℃、最高32.7℃を記録。日変化があった。日向と一本の木では乾球温度に大きな差は無かった。湿球温度は、日向で日中平均25.9℃。日変化は無く、条件による差もほぼ無い。

 WBGTは、日向では一日を通して「厳重警戒」の状態を推移した。林では一日を通して「警戒」の状態を推移した。一本の木では「厳重警戒」・「警戒」の境界で推移した。林・一本の木ともに温熱環境を快適化する効果があることが確認できた。

 不快指数は、日向と一本の木では一日を通してほぼ「暑くて汗が出る」の状態で推移した。林では、「暑くて汗が出る」・「やや暑い」の境界で推移した。林では温熱環境を快適化する効果があることが確認できた。

   図7:実験2 各条件の観測結果


   図8:実験2 各条件のWBGT


   図9:実験2 各条件の不快指数


 実験2:結果のまとめ

各木の影での温度から 日向での温度を引くと、次のようになる。温熱環境快適化効果があるとした部分を桃色で示した。

表4:木の影による効果
差の平均 1本の木
黒球温度[℃]
-4.7 (12.0%) -13.0 (33.5%)
乾球温度[℃] -0.4 (1.3%) -1.4 (4.7%)

以上の結果から、木の影は、温熱環境を大きく改善する。

1本の木
(約12%)
(約33%)


約3倍の効果

   実験結果のまとめ

 実験1・実験2の結果から、日影による温熱環境快適化効果は次のようになる。

>> 1本の木 黒傘 白傘
(約33%)
(約12%)
(約8%)
(約4%)

 また、林・一本の木は「木の影」、黒傘・白傘は「傘の影」であることから、「木の影」の方が温熱環境を快適化すると考えられる。



 考察 快適な日影とは


   1:影の規模が広くて大きい

 地表面の条件が日向と同じであっても、林によって日射が遮られるため、地面が温まりにくい。
 また、林の影は規模が大きいため、周辺の暖められた空気が風などで移動しても、その影響を受けにくい。
 ※日射(矢印:橙) 熱(矢印:赤)

   図10:影の規模とその効果の模式図

   2:遮光物との距離が大きい

 遮光物は光を吸収することで、新たに熱源となる。
 今回、実験1では黒球温度の頂点と傘の距離は約0.15mであった。これに対して、実験2では黒球温度の頂点と林の一番上からの距離は約15mであった。
 つまり、実験1では暖められた傘からの熱の影響を受けやすかったが、実験2では暖められた木からの熱の影響をほぼ受けなかったと考えられる。
 ※熱(矢印:赤)

   図11:遮光物と観測部分との距離による効果の模式図



 結論


   日影による温熱環境の快適化

 実験1・実験2の結果から、日影による温熱環境快適化効果は次のようになる。

>> 1本の木 黒傘 白傘
(約33%)
(約12%)
(約8%)
(約4%)

 また、林・一本の木は「木の影」、黒傘・白傘は「傘の影」であることから、「木の影」の方が温熱環境を快適化すると考えられる。

   快適な日影の条件

 快適な日影の条件とは次の二つである。

・規模が大きく、深い影を形成すること。
・遮光物との距離があること。









 背景は、こちらの素材サイトでお借りしました。
 *リンクは、別窓で表示されます。
  web*citron…壁紙・ライン