災害情報の精度向上を目的とした 台風による局地的豪雨の解析

2013年9月

筆保研究室 根来都子

はじめに

近年の防災気象情報の種類は多岐にわたる。大雨現象による人的被害は、情報を受けてからの正しい避難行動・判断により防ぐことができる。しかし、現代の体系化された防災気象情報の伝達下においても、被害はなくなっていない。そこで本研究では台風時における防災情報がどう有効に避難行動につながったのか、またはつながらなかったのか、顕著な降水現象のあった地点についての気象解析と当時の気象予測、住民の避難行動に着目して事例検証を行った。

.研究目的 台風と防災気象情報

 気象庁は、災害の発生のおそれのあるときに気象現象の実況を把握し、観測情報と予測情報を発表していく。気象現象の中でも、台風は他の気象現象と比較して高い精度、長い時間をかけて予測情報を出すことができる。それは、近年の台風の進路予報の精度が向上していることが寄与している。顕著な気象現象の起きる数日前から現象の解析や予測が可能となり、災害発生までのリードタイムが長く取れるようになった。しかし、長いスパンでの予報は、情報を呼びかける地域が広範囲であり、個別具体的に危険な地域が絞られて行くのは間近になってからである。台風はそのスケールの中で様々な現象が起きる多重性を持っているため、ある地域に対して、周囲よりも激しい気象現象をもたらすことも多い。そのため、局地的にどのような現象をもたらすかについての予測精度は、時間を追うごとに高くなっていく。

 このように台風は時間と空間の相関があり、ポテンシャルの分かりやすい現象であることから、防災気象情報も段階を追って発表されていることが多い。本研究では、事例ごとに当時出された気象情報がどういうタイムラインでどのような危機感を伝えるものであったのか、自治体の意思決定が避難行動にどのように結びついたのか、いなかったのかを検証し、被害の低減のために必要な情報提供についての提案に繋げている。

 

1.1大雨についての防災気象情報の発表機関と内容。右方向の矢印は現象に対しての切迫性を表す。
                                                  (気象庁HP [警報・注意報の種類より]

2 解析手法

2.1 本研究の解析に用いたデータ

AMeDASデータ(Automated Meteorological Data Acquisition System
メソ客観解析データ
GSM(全球数値予報モデル)・MSM(メソ数値予報モデル)のGPVデータ 
GMS-5(Geostationary meteorological Satellite-5)
の赤外線画像

レーダー・アメダス解析雨量図
時間はすべてJST(Japan Standard Time:日本標準時)で記述する。

2.1 本研究で対象とする大雨事例の3箇所を地図上で示したもの。カラーは標高を示す。

2.2 解析方法

 台風の影響を受けて降る雨の中で、周辺よりも際立ってAMeDAS降水量が大きく記録された地点、予測段階より過大の降水量を記録した事例を3例取り上げ、局地的な大雨の原因を解析した。 まず豪雨が引き起こされたときの降水分布、環境場を確認後、豪雨のあった地域の解析を行う。大雨となる条件が、どのように重なってモデルの予測を上回る降水量を観測したのかという点について注目し、大気擾乱をデータ解析から検出する。ある地点における大雨の条件とは、

1. 高暖湿気塊が流入していること
2. 上昇流が強いこと
3. 地形の影響等で雨雲の位置が動かないこと

が挙げられる。1.の条件を確認しやすいパラメータは、850 hPa面における相当温位、2.は700 hPa面における上昇流や地上の収束などを確認することが代表的な解析手法であるが、それ以外にも積乱雲が発生し続ける条件として確認できるものを各事例において解析する。また大気下層の可降水量を平面的にとらえる目的として水蒸気成分にも注目し、解析の1つに以下で定義する水蒸気フラックスを算出した。

2.3 各事例の概要

2.3.1 2011年 台風12
 本台風に関わる豪雨で注目したのは、台風の外側降雨帯が紀伊半島南東部にかかったときに降った新宮市における局地的豪雨である。20119403 JSTからの時間132.5 mmAMeDAS記録は、当地点における最大値となった。

2.3.2 2009年 台風9
 200989日、西日本は台風周辺の湿った空気と太平洋高気圧の縁辺からの湿った空気が重なり、非常に湿った空気が流入しやすい総観場となっていた。このため西日本では大気の状態が不安定となり、9日の夜にかけて広い範囲で大雨となった。佐用町の総降水量は300 mmを超えた。

2.3.3 2011年台風15
 本台風の降雨の特徴として、台風が通過することによる降雨のほかに、秋雨前線の南側の不安定領域に、台風が高相当温位の空気を送り込むことによって降水量が多く観測されたことが挙げられる。一般的に、台風が南大東島を通過する際に、日本海沿岸に秋雨前線が停滞しているとよく起きる現象である。台風の北側に秋雨前線があり、台風からの暖かい空気と北側に存在する冷たい空気のぶつかり合いが顕著であるほど、収束が強まり、地上付近から不安定な大気が形成される。本事例で着目した岐阜県多治見市で降った2011920日の10-16JSTにおける総降水量330mmを記録した要因として、上に述べた成因で形成された収束線が考えられる。


図2.1 台風発生から消滅までの進路図。 印は解析をした豪雨地点、印は災害発生時の台風の中心位置を示す。

 
3 豪雨の気象学的成因解析

3.1  2011年台風12号(TALAS) 和歌山県新宮市における局地的豪雨

 本事例の台風では、紀伊半島が台風の後面にあたる場所に入ってから、新宮アメダスの時間雨量が100 mm以上を記録した。図3.1の赤外画像に見られるレインバンドによるものと考えられる。時間100 mmを超える雨を記録した原因を収束帯の動きに注目して考えていく。解析は、収束帯(レインバンド)が、どのように形成され、降水量とどのように関係していたのかを知ることを目的にデータ解析を進める。

 収束・発散の時間変化、上昇流下降流、流線、水蒸気混合比、水蒸気フラックス(950hpa,850 hPa700 hPa500 hPa300 hPa)を解析した。

 

3.1 2011.9.4 03JSTの(右)衛星赤外雲画像 (中)925hPa面収束・発散・流線図 (左) 950hPa水蒸気フラックス

3.2 2009年 台風9号 (ETAU) 兵庫県佐用町の大雨

観測結果から見て兵庫県播磨地方における局地性の高い豪雨が観測されたことから、佐用町の上空に多量の水蒸気を次々と補給していた大気の流れを検出することを、解析の主な目的とする。

850hPa面における風向風速、相当温位、950hpaにおける流線解析、水蒸気フラックス解析、850hPa面の流線解析を行った。

 

3.2 2009.8.9 20JST 衛星赤外雲画像(左)、同日18JST850hPa面相当温位(中)、同日15JST 300hPa湿数分布(右)

3.3 2011年 台風15(ROKE) における東海地方での豪雨

多治見市で920日の24時間降水量が432 mmを記録した要因として、シアーラインの検出、発生原因を明らかにすることを目的に解析を進める。

降水量分布、地上面でのシアーライン解析、大気の浮力を示す上昇流、水蒸気の多寡を示す相当温位、水蒸気フラックスの解析を行った。

 

3.3 2011.9.20 16JST 前1時間降水量分布(左)、同日09JST850hPa面相当温位分布(中)、2011.9.20 12JST 950hPa面水蒸気フラックス(右)

4 考察

 前章では台風によって局地的豪雨が発生した際の、各地点の気象状況を解析した。この解析を踏まえて、本章では、豪雨発生地点における予測値と観測値の違いを比較し、予測の因子に含まれなかった、観測における気象現象の発生原因を抽出する。観測された豪雨の結果、発生原因をもとに、防災上どのような情報を予報の段階で伝達できるのか考察することを本章の目的とする。

4.1 予測と実況を比較しての考察

 事例12011年台風12号は、1日以上前に降水域が紀伊半島南東部の領域に予測されていたことから、一定時間の予測リードタイムを取ることが可能であった。また時系列とともに地域的、量的な予測精度が高まっていたため、それを気象情報でどのように表現するのか、どう住民に伝達するのかを考察した。新宮市における降水は、雨量が過小予測であった(図4.1)。予測の特徴では台風の動きが速かったが、実際には台風の東に位置する太平洋高気圧、北に位置する偏西風の位置が影響して、予測よりもゆっくりと北上した。気象情報を伝達する際に、このような気象学的根拠を論拠として、降水が予測より過大となる可能性を述べることで、避難を促す一助となる。このような事後解析を重ねることにより、統計的に危険度を示し、避難のタイミングを早めることで防災情報の充実に繋げていくことが可能であると考えられる。

 
   
図4.1 新宮アメダス付近のMSM予測(左)。豪雨発現時刻までの降水量予測の変化を示す。右はアメダスの実測値。

事例2においては、突発的な積乱雲による降水、雨が降り出してからの避難による人的被害の発生という結果を明らかにした。予測では降水をもたらした積乱雲を予測していなかったが(図4.2)、気象解析においては大雨のポテンシャルが指摘できる環境場であった(図3.2)。台風がある地域に対して熱的な影響を及ぼしていると考えられる際には、大気状態の不安定さを示す、大雨ポテンシャルの呼びかけが必要である。

 
   
図4.2 佐用町アメダス付近のMSM予測(左)。豪雨発現時刻までの降水量予測の変化を示す。右はアメダスの実測値。


 事例32011年台風15号において、予報モデルは多治見アメダス付近の降雨を過小予測した(図4.3)。その根拠には、シアーラインの形成地点が愛知県より北側に予測されていたことが挙げられる。
 台風の進路予報は、東海地方を通過する予報となっていたため、台風に対する警戒情報は18日ごろから発表されていた。台風と前線の位置を加味し、突発的な大雨が東海地方のどこかに降る可能性を示唆する情報を合わせて発表することで、類似台風を用いる方法など、経験的に大雨に対する警戒を呼びかけることが、本事例では有効であったと考察する。

 
   
図4.3 多治見アメダス付近のMSM予測(左)。豪雨発現時刻までの降水量予測の変化を示す。右はアメダスの実測値。


4.2 考察2 予測モデルと実況の差異を災害情報に活かす

 3つの事例を通して考えられることは、予測と実況には誤差が生まれるということである。災害のおそれを情報伝達する際には、モデルを基本とした気象情報に加え、総観場や台風の速度、降水の予測の有無だけに注目せず、大雨ポテンシャルを加味するなど、気象学的根拠を持った大雨可能性を付加することにより、当該地域の住民へ避難のタイミングを与えることができると考察した。図4.4に伝達内容を時系列で提案している。


図4.4 災害情報の伝達方法

5 まとめと課題


被害を低減できる災害情報を実現するためには、平素より過去の災害事例における予測と観測結果の差異を検出しておく。そして台風の影響を受けると予想されるときには、予報とともに過去事例を参考にした災害可能性についての情報を伝達していくことが、予測しきれない豪雨の発現に対しての、有効な手立てのひとつとなる。  課題は予測の難しい現象ほど、情報伝達の段階で、いつ、どこで、どのような現象が起こりうるかを伝達できないこと、実況監視に頼らざるを得ないことである。今後は大雨ポテンシャルと、実際の降水現象の定量的な関係性を明らかにしていくことで、災害情報伝達の一助となる方法を提案していきたい。


5.1 災害情報の伝達に、段階的な内容を加えた提案図