1900年から2014年における日本の台風上陸数


2016年3月

気象研究室 熊澤里枝



背景・目的

 台風に関する資料は数多く存在し、特に気象庁では1951年以降の北西太平洋における台風のベストトラックデータを作成している。 しかし1950年以前の台風の統計資料は作成されていない。 これは、台風の定義が変更したことと、過去の資料が現在のようなベストトラックデータを作成できるほど十分でなかったことが理由だと考えられる。 表1は熱帯低気圧の分類の変遷を示しているが、現在の基準(最大風速34KT以上)で台風を区別できるのは1951年以降であることがわかる。また1945年以前の定義は定量的ではなかった。

表1:熱帯低気圧の分類の変遷(饒村1979)(太枠内は当時の基準における台風)

 台風研究や台風災害を考える際には、定量的な定義に基づいた、出来る限り長期間の統計資料があることが望ましい。 そこで本研究では、地上気象観測データに基づいた定義を用いて、1900年から2014年における日本に上陸した台風を検出する。さらに上陸台風の個数や強度の長期的な変化を検出し、環境場との対応について考察する。


研究手法

本研究では日本に上陸した台風を検出する際に、過去の資料や文献を使用した。 使用した主な資料を以下に示す。


*気象要覧*
気象庁が1900年から定期刊行している資料。
本研究では「暴風雨」の欄に記載された「颱風」の情報と経路図を用いて、日本付近に存在する台風を把握した。

図1:気象要覧の写真(左から背表紙、表紙、経路図の例、暴風雨のページの例)



*中央気象台月報(気象庁月報)*
測候所での地上観測のデータを記載した資料。本研究では気圧と風向のデータを使用した。

図2:中央気象台月報の写真(左:背表紙、中央:表紙、右:1900年の測候所の地点)


本研究では、日本に上陸した台風を以下の手順で検出した。

(1)過去の資料から、日本に接近した低気圧を抽出し、接近した地点を推定する。
(2)その推定地点の両側にある最も近い測候所の風向変化を調べる。 2つの測候所のうち、一方の風向変化が時計回り、もう一方の風向変化が反時計回りである場合、低気圧はこれらの測候所の間を通過したとみなす。
(3)2つの測候所の上陸時の気圧を確認し、どちらかが1000hPa以下であれば「日本に上陸した台風」とする。

 図3を用いて説明する。低気圧が@→A→Bの順に進んでいる場合、低気圧が@に位置するときのA地点とB地点の風向は矢印@で示しており、それぞれ北東風と南東風である。 低気圧がAの位置に進むと、A地点では北風、B地点では南風になる。低気圧がBに位置に進むと、A地点では北西風、B地点では南西風になる。 そのため、A地点では風向が反時計回りに、B地点では風向が時計回りに変化する。よって低気圧はA地点とB地点の間に上陸したと判断する。 そして例えば、A地点での最低気圧が970hPa、B地点での最低気圧が980hPaの場合、低気圧はA地点付近に上陸したと見なし、この低気圧を「日本に上陸した台風」とする。

図3:上陸の定義を表す模式図


結果

●気象庁との比較

 本研究で検出した上陸台風と、気象庁発表の上陸台風を比較した結果を示す(図4)。気象庁のベストトラックデータがあるのは1951年以降であるため、ここでは1951年から2014年の64年間の結果を使用する。
 1951年から2014年の64年間の台風上陸数は、本研究の定義では178個(平均2.8個)、気象庁の定義では182個(平均2.8個)となり、ほぼ同等であった。
しかし本研究と気象庁で上陸の判定が異なる台風が16個存在した。 本研究では上陸と判断したが気象庁の発表では上陸とされていない台風は、1957年9号(T5709と略す)、T6210、T8608、T8615、T0204、T1326である。 一方、本研究では上陸していないと判断したが気象庁では上陸と判断された台風は、T5603、T5609、T6019、T6215、T6715、T7306、T7813、T8813、T0404、T1009の10個であった。
 気象庁の結果と異なった理由としては、気象庁では上陸の直前で熱帯低気圧に弱まったと判断していることや、海岸ぎりぎりで上陸しているため台風の経路を挟む2箇所の測候所が確認できなかったこと等が挙げられる。

図4:年別台風上陸数(1951年〜2014年)(棒グラフ:本研究、菱形:気象庁)

●上陸数と気圧の経年変化

 図5は1900年から2014年における年別台風上陸数である。上陸数は115年間を通して増加または減少する傾向は見られなかった。 全期間における上陸数は352個(年平均3.06個)で、最大上陸数は1950年の10個であった。1951年以降における気象庁発表の年間最大台風上陸数は2004年の10個である。 この数に匹敵する年間上陸数の存在が、1950年以前を調べることで明らかになった。 ちなみに本研究での2004年の上陸数は9個であった。台風上陸数が3番目に多い年は1907年の7個、4番目に多い年は1918年、1945年、1990年、1993年の6個である。 一方、最小数は1973年、1984年、2000年、2008年の0個であり、最初の70年間は一度も起きなかったが、その後の40年間には10年に一度の頻度で起きている。

図5:年別台風上陸数(1900年〜2014年)


 上陸台風の月別の割合を示したグラフが図6である。図7では10年毎に色分けをしている。 図6より115年間の合計では8月の割合が最も高く36%、次に9月が高く29%である。 しかし10年毎の結果では、必ずしも全体の結果と同様の傾向ではなかった。 例えば、1950年代、1990年代、2000年代は9月の割合が最も高い結果となった。 また1910年代では10月の割合が2番目に多いという結果が見られた。

図6:1900年から2014年の月別台風上陸数(10年毎に色分け) 図7:年代毎の月別台風上陸数


 上陸台風の強度別の割合を示したグラフが図8である。図9では10年毎に色分けをしている。 図8より115年間の合計では気圧が低くなるにつれて上陸数の割合は小さくなる。 特に、960hPa以上970hPa未満の割合は20%以上であるのに対し、950hPa以上960hPa未満の割合は約8%未満とかなり少なくなる。 図9では強度別の割合を10年毎に示している。10年毎に区切ると、どの年代でも全体の結果と同じようにはならなかった。 例えば1920年代では990hPa以上の割合が低い結果となった。また2000年代では970hPa、2010年代では960hPaの割合が最も高く、980hPa以上の割合は低かった。

図8:1900年から2014年の強度別台風上陸数(10年毎に色分け) 図9:年代毎の強度別台風上陸数


 上陸台風の強度別の割合を10年毎、5年毎に示したグラフが図10と図11である。 10年毎に見ると、1990年代以降に970hPa未満の割合が増加している傾向が読み取れる。 特に115年間の合計では970hPa未満の割合は30%であるのに対し、2010年代では50%以上に達する。 そのため近年に強い台風の割合が増加しているように思われる。 しかし5年毎の結果では他の特徴も見られた。 1900年〜1904年と1935年〜1939年でも、970hPa未満の割合は約50%であった。 また、図11の1930年代前半、1940年代後半、1950年代後半に見られる930hPa未満の上陸台風は、それぞれ室戸台風(1934)、枕崎台風(1945)、伊勢湾台風(1959)に対応する。 これら940hPa未満の特に強い台風は、調査期間の前半に集中していることが判明した。
 1990年代以降に970hPa未満の上陸台風の割合が増加傾向にあることから、近年日本に上陸する台風が強くなっている事が示唆される。 しかし1900年代前半や1930年代後半も、970hPa未満の上陸台風が約50%も存在しており、近年のみ強い上陸台風の割合が高いのではないことがわかる。

図10:1900年から2014年の強度別台風上陸数(10年毎に色分け)

図11:1900年から2014年の強度別台風上陸数(5年毎に色分け)

●環境場と上陸台風の特徴

 図12はENSO別の台風上陸数を示している。 赤グラフはエル・ニーニョの年(El)、青グラフはラ・ニーニャの年(La)、黒グラフはそれ以外の年(ニュートラル:Nt)を表している。 Elが36年、Laが34年、Ntが45年であった。また表2は、ENSO別の平均上陸数を示している。 115年間の結果では平均上陸数はElが最も多く、Laが少なく、その差は約0.5個であった。 また標準偏差は、Elが1.7、Laが1.9、Elが1.3となり、Laの場合は比較的年によって上陸数にばらつきあることが分かった。

図12:ENSO毎の年別台風上陸数(赤:El、青:La、黒:Nt)

表2:ENSO毎と全期間の平均台風上陸数。年間と6・7月と8・9月ごとに分けて算出している。

 ENSO毎の上陸数と強度について6月7月と8月9月に限った結果が、表2の下2段と図13である。 表2より、6月7月ではElの台風上陸数は0.94個であり、LaやNtの0.53個よりも約2倍も多く、その差はT検定でも95%の優位性が認められた。 一方8月9月ではENSOによる上陸数の明確な差は見られなかった。 しかし図13のように上陸時の気圧で比較すると、Elの8月9月に上陸する台風は比較的強いことが分かった。 8月9月の上陸台風のうち970hPa未満の割合は、115年間では約34%であるが、Elでは約42%、Laでは約32%、Ntでは約28%であった。 このことから、Elに強い台風の割合が高いことが示された。 115年間を合計した場合もElに強い台風の割合が高くなるが、8月9月に絞るとその傾向はより顕著であることがわかった。

図13:ENSO毎の強度別台風上陸数の割合(左:6月7月、右:8月9月)

 本研究では、日本に上陸した台風とPDOとの関連についても調べた。 PDOが正の期間は1900年から1941年と1977年から1997年、負の期間は1942年から1976年と1998年から2014年で分類した。 月別に見ても強度別に見ても、PDOの正負による特徴は見られなかった。 また図14は、PDOの正負の各期間における月別台風上陸数をENSO毎に示している。 115年間の合計では、El、La、Ntのすべてで8月の割合が高い結果となった。 しかしPDOの期間別にみると、1977年から1997年のElで9月と7月の割合が高い。 また1998年から2014年では、Elで10月の割合が高い。 このように全体の結果と異なる傾向を示す場合も見られたが、PDOの正負による特徴は見られなかった。

図14:PDOの各期間におけるENSO毎の月別台風上陸数の割合(赤:El、青:La、黒:Nt)

まとめ

 本研究では台風の上陸に対して独自の定義を設定し、1900年から2014年における台風上陸数を検出した。 そして115年間での台風上陸数や強度の変化、環境場との対応について調べた。結果は以下のようにまとめられる。

 (1)上陸の定義に気圧と風向を用いることで、過去115年分の台風の上陸を判断することができた。
 (2)1951年以降の上陸台風について気象庁の結果と比較すると、上陸数は概ね一致していた。
 (3)1900年から2014年における年別台風上陸数は、115年間を通して増加または減少する傾向は見られなかった。
 (4)1990年代以降に強い台風の割合が増加している。しかし、過去にも強い台風の割合が高い時期は存在している。
 (5)上陸する台風のENSOによる違いを検証した結果、6月7月はエルニーニョ年で上陸数が多く、8月9月はエルニーニョ年で強い台風の割合が高い。
 (6)PDOの期間毎で台風上陸数を検討したが、顕著な差は確認できなかった。

 古い時代になるほど台風の資料や観測結果の質や量は落ちてくる。 しかしながら、本研究では期間を通して測候所の観測データが得られる「日本の上陸」に着目することで、 観測手法や最大風速推定方法の変化に影響されず、統一した手法の定義を用いて115年間の台風の変化が議論できた。


本研究で検出した上陸台風のリスト




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