研究の背景と目的

モデルによる数値シミュレーションを用いた将来気候予測を目的とする研究は、地球温暖化問題が叫ばれて以降、これまでに国内外を問わず盛んに行なわれている。
しかしこれまでの気候変動研究には、主に計算資源の問題から

@ 全球モデルのため解像度が粗い
A 解像度の細かい領域モデルでは海洋結合が不十分である
という問題が存在している。

これらの課題を解決する手段の一つとして、領域大気海洋結合モデルによる気候情報の力学的ダウンスケーリング手法(Dynamical Downscaling Simulation;DDS)が開発された。
本研究では領域大気モデルRSM(Regional Spectral Mode)に領域海洋モデルROMS(Regional Ocean Modeling System)を結合した領域大気海洋結合モデルRSM-ROMS(Regional Spectral Model - Regional Ocean Modeling System)を用いて、現在気候と将来気候の降水分布の気候変動を明らかにすることを目的とした20年積分実験を行なった。

大きく分けて、以下の3つの視点から解析を行なった。
視点@:モデルの再現性を確認すること
→ モデルインプットに再解析データを用い、観測結果と比較する。
視点A:気候変動に対する大気海洋結合の影響
→ 結合モデルと非結合モデルそれぞれにおける気候変動を解析
視点B:台風を含む熱帯擾乱の現在と将来の気候における大気海洋結合の差
→ 現在と将来気候それぞれにおける海洋結合の影響を解析

研究手法

本研究では大気海洋結合領域気候モデルRSM-ROMSを用いた。
RSM-ROMSの概略図を図1に示す。

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図1 RSM-ROMSの概略図

RSM-ROMSは大気側のモデルにRSM:Regional Spectral Modelを、海洋側のモデルにROMS:Regional Ocean Modeling Systemを用いたモデルである。
大気側のモデルの水平解像度も海洋側のモデルの水平解像度も同じ50qとした。
また、大気と海洋の相互作用は24時間ごとに行なっている。
初期値境界値には視点@では再解析データであるNCEP Reanalysys 2 (Kanamitsu et al., 2001)とNCAR the monthly Simplified Ocean Data Assimilation (SODA; Carton and Giese, 2008)を、視点A・Bでは全球モデルNCAR Community Climate System Model Version 4 (CCSM4; Gent et al., 2011)20世紀・21世紀実験アウトプットデータを用いた。
再解析データを初期値境界値とし、結合有りのモデルRSM-ROMS用いた実験をR2C、結合無しのモデルRSMを用いた実験をR2UCとした。同様に、CCSM4の20世紀実験アウトプットデータを初期値境界値とし、結合有のモデルを用いた実験を20C、結合無しのモデルを用いた実験を20UC、21世紀実験アウトプットデータを初期値境界値とし、結合有のモデルを用いた実験を21C、結合無しのモデルを用いた実験を21UCとした。

計算範囲は東アジア域のダウンスケーリング研究で頻繁に用いられるCORDEX-EA域(図2)とした。

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図2 計算領域

その他の設定は以下の表1のとおりである。

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表1 計算設定

視点@:モデルの再現性の確認

非結合モデルRSMと比較して結合モデルRSM-ROMSの再現性を確認するため(視点@)、インプットデータに再解析データを用いる実験を行ない、観測データと比較することでモデルの再現性を比較した。

再現性の比較に使用したデータ 比較のために用いたデータは以下の2変数3種類である。
・SST:Optimum Interpolation Sea Surface Temperature (OISST) (https://www.ncdc.noaa.gov/oisst)
・降水量:Global Precipitation Climatology Project (GPCP) (http://precip.gsfc.nasa.gov)
     Global Precipitation Climatology Centre (GPCC) (http://www.esrl.noaa.gov/psd/data/gridded/data.gpcc.html)

OISST (Reynolds et al. 2007) は全球解像度0.25度のNOAA (National Oceanic and Atmospheric Administration) による衛星、船舶、海上ブイ観測を統合したSSTデータセットである。GPCP (Huffman et al., 2009) はNASA (National Aeronautics and Space Administration) / GSFC (Goddard Space Flight Center) による雨量計での地上観測と衛星観測とを統合した全球解像度2.5度の降水データセットである。衛星観測では低軌道 (Low-Earth Orbit (LEO)) 衛星搭載の赤外サウンダー、マイクロ波放射計、マイクロ波散乱計と静止気象衛星の赤外放射計とを組み合わせている。観測時間間隔、空間分解能、測定要素による得手・不得手など、それぞれのセンサーの特性が考慮されている。GPCPは海上の降水量を比較するのに用いた。GPCC (Schneider et al., 2011) はGPCPの基本データの一つで、地上観測のデータのみではあるが、解像度が全球0.5度と高解像になっている。こちらのデータは地上の降水量を比較するのに用いた。

*結果*

再解析データを用いた実験ではRSMとRSM-ROMS共に、モデルがSea Surface Temperature (SST)をよく再現していることが分かった。また、亜熱帯域ではR2UCでは28℃以上の領域がほぼ東西全域に広がるのに対して、R2Cでは出現する領域は主に太平洋域に限られており、海洋結合によってSSTに対して負のバイアスが起こることが分かった。
R2CではSSTの低下に伴い、R2UCの海上で見られた過剰な降水が抑制され降水量の再現性は向上していた。また、地上の降水量に関してはニューギニア島などの山岳域で正のバイアスがあり、その周辺では逆に負のバイアスがあることが分かった。このような特徴は非結合、結合両モデルに現れていたことから、RSMに特有の特徴だと考えられる。このことから、モデルにさらなる改良の余地があることが示唆される。

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図3 観測と各実験における表面温度(℃)の平均。左からOISST(観測)、R2UC、R2Cの結果。等値線は4℃毎に引いている。

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図4 観測と各実験における降水量(mm/day)の平均。左からGPCP、GPCC(ともに観測)、R2UC、R2Cの結果。

視点A:気候変動に対する大気海洋結合の影響

気候変動実験では表面温度と降水量について、それぞれ結合、非結合モデルがどのような気候変動を予測するか、解析域全体と日本域それぞれについて海上と陸上に分けて変化量を解析した。その結果を表2にまとめた。

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図5 非結合と結合モデルにおける気候変化。左に非結合モデル、真ん中に結合モデルにおける気候変動を示した。右の図は結合モデルと非結合モデルの気候変動の差をとったもの。上から表面温度の全領域、日本域の結果、降水量の全領域、日本域の結果。

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表2 各領域における気候変動。赤は正の変動、青は負の変動、黒は弱い変動を表す。


表面温度の場合、海洋結合することで温度上昇が解析域全体で0.4℃抑えられていることが分かった。表面温度の上昇を海面と陸面に分けて見ると、陸面温度の上昇に結合の影響はほとんど無いが、海面温度に対して強く影響していることが分かった。これは、各モデルの違いが下部境界層であるSSTのみであることから理にかなった結果となった。それは日本域においても同様であった。また日本域では結合によって表面温度の上昇が全領域よりも強く抑えられていた。
降水量の場合では、表面温度の変化よりも複雑な結果となった。
表面温度と同様に解析域全体を海陸に分けて解析し、さらに日本域でも同様のことを行なった。解析域全体の全領域では非結合モデルが増加を予測していたが、海陸で分けると、海上で増加、陸上で減少となって、海上でも陸上でも増加した表面温度の結果とは一致しなかった。
また同様に、結合モデルでは全領域では減少で、海上で減少、陸上で増加になり、非結合モデルとは逆の結果になった。これを日本域でも同様に行なうと、非結合モデル・結合モデル共に日本域全領域で減少、海上で減少、陸上で増加であった。
降水量の気候変化が表面温度とあまり一致しないということは、すなわち表面からの水蒸気の供給よりも大気循環場における水蒸気の収束の影響が支配的である可能性が示唆された。


視点B:台風を含む熱帯擾乱の現在と将来の気候における大気海洋結合の差

大気と海洋の相互作用は、台風のようなメソスケールで、かつ激しい現象に至るまで、様々なスケールの現象に対して関連が知られている。これまでのAOGCMでは、台風のような気候学的にも無視することのできない激しい現象における大気海洋相互作用は気候値には反映されていなかった。そこで、結合と非結合モデルの差から、現在と将来気候について、台風を含む熱帯低気圧の影響を気候値の観点から見積もった。

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図6 各実験における8月平均の結果とその差。左半分は20世紀実験、右半分は21世紀実験の結果で、上から地表面温度(℃)・地上10m風(m/s)・降水量(mm/day)の結果。各図の左図が非結合、中図が結合、右図がその差を示す。内側の領域の範囲は110°E-167.247°E, 5°N-25°Nで、数値は領域平均を示す。

20世紀気候と21世紀気候について、結合、非結合モデルの差を解析した。20Cは20UCと比べてSSTや降水量、地上10m風速が低い傾向があった。また、20世紀気候と比較して21世紀気候では結合、非結合モデル間のSSTや日降水量、地上10m風速の差が20%以上増加していた。
さらに、CCSM4上では現実の擾乱は再現されていないものの、DDSすることで台風-likeな擾乱がみられることが分かった。そこで、20Cと20UCでそれぞれ発生した擾乱を解析すると、20Cと20UCでは強度に差はあるものの、同様の位置に擾乱が発生することが分かった。

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図7 地上10m渦度と海面更正気圧 ( Sea Level Pressure; SLP)。左からCCSM4、20UC、20Cの結果。赤のシェードで渦度(10-6/s)を、コンターでSLP(hPa)を描いている。SLPは4hPa毎。青丸はJTWCにおける台風トラック。

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図8 渦の東西断面図。縦軸は気圧(hPa)。シェードで渦度(10-6/s)をかき、ベクトルで水平風(m/s)を示している。左が20C、右が20UCの結果。

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図9 3日間積算降水量(mm/3day)。左が20C、右が20UCの結果。

これらのことから、将来気候での熱帯擾乱の影響が、現在気候と比較して大きくなることが示唆された。


まとめ

これまでの全球モデルによる気候研究には、モデルの解像度が粗いことと、大気海洋相互作用が不十分であるという課題が存在している。これらの課題を解決する手段の一つとして、領域大気海洋結合モデルによる気候情報の力学的ダウンスケーリング手法(Dynamical DownScaling;DDS)が開発された。
本研究では領域大気モデル(Regional Spectral Model;RSM)に領域海洋モデル(Regional Ocean Modeling System;ROMS)を結合した領域大気海洋結合モデル(Regional Spectral Model - Regional Ocean Modeling System;RSM-ROMS)を用いて、現在気候と将来気候の降水分布の気候変動を明らかにすることを目的とした20年積分実験を行なった。
大別して、モデルの再現性を確認すること(視点@)、気候変動に対する大気海洋結合の影響(視点A)、台風を含む熱帯擾乱の現在と将来の気候における大気海洋結合の差(視点B)から解析を行なった。

はじめにモデルの再現性の確認のために観測と比較すると(視点@)、RSMとRSM-ROMS共に、モデルが海面温度(Sea Surface Temperature;SST)をよく再現していた。また、大気海洋結合によってSSTの低下が起こり、それに伴って海上の過剰な降水が抑制されていることが分かった。

次に、気候変動に関する大気海洋結合の影響を表面温度と降水量について解析した(視点A)。表面温度の気候変動は大気海洋結合によって全体で0.4℃温度上昇が抑制されることが分かり、特に海上では0.6℃と、全体の平均よりも強く表れた。また日本域全体の平均でも0.7℃の抑制と同様の結果となった。しかし降水量の気候変動は、表面温度の気候変動と対応しない結果となった。すなわち降水量の気候変動については、表面からの水蒸気の供給よりも大気循環場における水蒸気の収束の影響が支配的である可能性が示唆された。

最後に、結合と非結合モデルの差から、現在と将来気候について台風等の熱帯擾乱の影響を気候値の観点から見積もった(視点B)。20世紀気候と比較して21世紀気候では亜熱帯域における、結合-非結合モデル間のSSTや日降水量、地上10m風速の差が20%以上増加しており、将来気候での台風の影響が、現在気候と比較して大きくなることが示唆された。

本研究によって、大気海洋結合による過剰な温暖化の抑制と降水量の気候変動を見積もることができた。
また海洋結合は、表面温度の上昇を抑制していることが分かった。降水量の気候変動では表面温度よりも循環場の影響が強いことが示唆された。
また将来気候において台風の影響が強まることが明らかになった。

今後の展望
本研究では解析を大気場のみに注目して行なったが、今後は海流の変化や温度躍層の厚さの変化など、解析を海中にも展開したい。また降水量の気候変化には水蒸気の収束など大気場の影響を考慮する必要がある。さらに将来気候の降水については、平均の量だけで評価できることには限界があるため、降水量のみの解析ではなく、強度や頻度、現象別にトラッキングするなどの降水の質についても解析を行なう必要がある。