領域大気海洋結合モデルを用いた
現在気候と将来気候の降水分布
2015年度 修士論文
筆保研究室 修士2年 森山文晶
モデルによる数値シミュレーションを用いた将来気候予測を目的とする研究は、地球温暖化問題が叫ばれて以降、これまでに国内外を問わず盛んに行なわれている。
しかしこれまでの気候変動研究には、主に計算資源の問題から
A 解像度の細かい領域モデルでは海洋結合が不十分である
これらの課題を解決する手段の一つとして、領域大気海洋結合モデルによる気候情報の力学的ダウンスケーリング手法(Dynamical Downscaling Simulation;DDS)が開発された。
本研究では領域大気モデルRSM(Regional Spectral Mode)に領域海洋モデルROMS(Regional Ocean Modeling System)を結合した領域大気海洋結合モデルRSM-ROMS(Regional Spectral Model - Regional Ocean Modeling System)を用いて、現在気候と将来気候の降水分布の気候変動を明らかにすることを目的とした20年積分実験を行なった。
大きく分けて、以下の3つの視点から解析を行なった。
本研究では大気海洋結合領域気候モデルRSM-ROMSを用いた。
RSM-ROMSの概略図を図1に示す。
非結合モデルRSMと比較して結合モデルRSM-ROMSの再現性を確認するため(視点@)、インプットデータに再解析データを用いる実験を行ない、観測データと比較することでモデルの再現性を比較した。
再現性の比較に使用したデータ
比較のために用いたデータは以下の2変数3種類である。
・SST:Optimum Interpolation Sea Surface Temperature (OISST) (https://www.ncdc.noaa.gov/oisst)
・降水量:Global Precipitation Climatology Project (GPCP) (http://precip.gsfc.nasa.gov)
Global Precipitation Climatology Centre (GPCC) (http://www.esrl.noaa.gov/psd/data/gridded/data.gpcc.html)
OISST (Reynolds et al. 2007) は全球解像度0.25度のNOAA (National Oceanic and Atmospheric Administration) による衛星、船舶、海上ブイ観測を統合したSSTデータセットである。GPCP (Huffman et al., 2009) はNASA (National Aeronautics and Space Administration) / GSFC (Goddard Space Flight Center) による雨量計での地上観測と衛星観測とを統合した全球解像度2.5度の降水データセットである。衛星観測では低軌道 (Low-Earth Orbit (LEO)) 衛星搭載の赤外サウンダー、マイクロ波放射計、マイクロ波散乱計と静止気象衛星の赤外放射計とを組み合わせている。観測時間間隔、空間分解能、測定要素による得手・不得手など、それぞれのセンサーの特性が考慮されている。GPCPは海上の降水量を比較するのに用いた。GPCC (Schneider et al., 2011) はGPCPの基本データの一つで、地上観測のデータのみではあるが、解像度が全球0.5度と高解像になっている。こちらのデータは地上の降水量を比較するのに用いた。
再解析データを用いた実験ではRSMとRSM-ROMS共に、モデルがSea Surface Temperature (SST)をよく再現していることが分かった。また、亜熱帯域ではR2UCでは28℃以上の領域がほぼ東西全域に広がるのに対して、R2Cでは出現する領域は主に太平洋域に限られており、海洋結合によってSSTに対して負のバイアスが起こることが分かった。
R2CではSSTの低下に伴い、R2UCの海上で見られた過剰な降水が抑制され降水量の再現性は向上していた。また、地上の降水量に関してはニューギニア島などの山岳域で正のバイアスがあり、その周辺では逆に負のバイアスがあることが分かった。このような特徴は非結合、結合両モデルに現れていたことから、RSMに特有の特徴だと考えられる。このことから、モデルにさらなる改良の余地があることが示唆される。
気候変動実験では表面温度と降水量について、それぞれ結合、非結合モデルがどのような気候変動を予測するか、解析域全体と日本域それぞれについて海上と陸上に分けて変化量を解析した。その結果を表2にまとめた。
大気と海洋の相互作用は、台風のようなメソスケールで、かつ激しい現象に至るまで、様々なスケールの現象に対して関連が知られている。これまでのAOGCMでは、台風のような気候学的にも無視することのできない激しい現象における大気海洋相互作用は気候値には反映されていなかった。そこで、結合と非結合モデルの差から、現在と将来気候について、台風を含む熱帯低気圧の影響を気候値の観点から見積もった。
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これまでの全球モデルによる気候研究には、モデルの解像度が粗いことと、大気海洋相互作用が不十分であるという課題が存在している。これらの課題を解決する手段の一つとして、領域大気海洋結合モデルによる気候情報の力学的ダウンスケーリング手法(Dynamical DownScaling;DDS)が開発された。
本研究では領域大気モデル(Regional Spectral Model;RSM)に領域海洋モデル(Regional Ocean Modeling System;ROMS)を結合した領域大気海洋結合モデル(Regional Spectral Model - Regional Ocean Modeling System;RSM-ROMS)を用いて、現在気候と将来気候の降水分布の気候変動を明らかにすることを目的とした20年積分実験を行なった。
大別して、モデルの再現性を確認すること(視点@)、気候変動に対する大気海洋結合の影響(視点A)、台風を含む熱帯擾乱の現在と将来の気候における大気海洋結合の差(視点B)から解析を行なった。
はじめにモデルの再現性の確認のために観測と比較すると(視点@)、RSMとRSM-ROMS共に、モデルが海面温度(Sea Surface Temperature;SST)をよく再現していた。また、大気海洋結合によってSSTの低下が起こり、それに伴って海上の過剰な降水が抑制されていることが分かった。
次に、気候変動に関する大気海洋結合の影響を表面温度と降水量について解析した(視点A)。表面温度の気候変動は大気海洋結合によって全体で0.4℃温度上昇が抑制されることが分かり、特に海上では0.6℃と、全体の平均よりも強く表れた。また日本域全体の平均でも0.7℃の抑制と同様の結果となった。しかし降水量の気候変動は、表面温度の気候変動と対応しない結果となった。すなわち降水量の気候変動については、表面からの水蒸気の供給よりも大気循環場における水蒸気の収束の影響が支配的である可能性が示唆された。
最後に、結合と非結合モデルの差から、現在と将来気候について台風等の熱帯擾乱の影響を気候値の観点から見積もった(視点B)。20世紀気候と比較して21世紀気候では亜熱帯域における、結合-非結合モデル間のSSTや日降水量、地上10m風速の差が20%以上増加しており、将来気候での台風の影響が、現在気候と比較して大きくなることが示唆された。
本研究によって、大気海洋結合による過剰な温暖化の抑制と降水量の気候変動を見積もることができた。
また海洋結合は、表面温度の上昇を抑制していることが分かった。降水量の気候変動では表面温度よりも循環場の影響が強いことが示唆された。
また将来気候において台風の影響が強まることが明らかになった。
今後の展望
本研究では解析を大気場のみに注目して行なったが、今後は海流の変化や温度躍層の厚さの変化など、解析を海中にも展開したい。また降水量の気候変化には水蒸気の収束など大気場の影響を考慮する必要がある。さらに将来気候の降水については、平均の量だけで評価できることには限界があるため、降水量のみの解析ではなく、強度や頻度、現象別にトラッキングするなどの降水の質についても解析を行なう必要がある。