深層学習を用いた台風強度推定と発達予測に関する研究


2019年 3月

加瀬紘熙




- 背景と目的 -

台風大国である日本において台風監視・予報業務は、防災の観点から非常に重要な役割を担っている。しかし、台風は事例ごとに様々な特徴を持つため監視及び予報が他の天候と比べて非常に難しいとされている。また、近年のコンピュータ技術の発達とビッグデータの登場によりDeepLearningが新たな手法として利用できるようになった。そこで、本研究は台風監視・予報業務において使用されているDvorak法とDeepLearningという新たな手法に着目した。

本研究では、DeepLearningを用いた台風強度推定モデルを独自に開発し、特徴別に台風を分類して検証をすることで、台風の特徴によって台風強度推定モデルの精度がどう変わるかを調べる。






- 学習・検証データ-

本研究で対象とする台風は、BTに基づく1987年〜2016年に発生した台風を対象とした。使用するデータは、北本(2000)が収集しアーカイブした静止気象衛星の赤外画像を元に作成された台風画像と、BTの中心気圧である。台風画像(図2.3)は、領域2600q四方を用い、平均解像度は約5.1qである。地球の曲面については、ランベルト正積方位図法を用いることにより補正している。(下図)


本研究の目的である精度比較を公平に行えなくなるため、データが全て揃っている台風事例のみを学習・検証対象とした。学習データは1987年から2011年の170事例(32294データ)の台風、検証データは2012年から2016年の106事例(21501データ)の台風とした。全データの約60%が学習データ、約40%が検証データとなる。


- 学習方法-

学習方法については、気象庁が用いているドボラック法が推定時刻の衛星画像とその数時間前までの時間変化を考慮していることから、再帰型をベースにしたモデルの作成を行った。データセットの作成方法については、対象時刻から対象時刻の11時間前までの12時間分を1セットにした。例えば1時から12時を学習する場合、1セット目は、この期間の1時間ごとの衛星雲画像とBTで得られた中心気圧を与えて学習させる。2セット目は2時から13時であり、これを台風発生時刻から台風消滅時刻まで繰り返した。

- フレームワーク-



フレームワークとは、あらかじめ必要なプログラムを組み合わせて作成されたソフトウェアの一群であるオープンソースニューラルネットワークライブラリである。

本研究では、Keras(https://github.com/keras-team/keras/graphs/contributors, 2018.11.6閲覧)を使用し、スカラーやベクトルなどのテンソル計算を操作するためのテンソル操作ライブラリ(データ処理)にはTensorflow(https://www.tensorflow.org, 2018.11.6閲覧)を使用した。

- 学習経過-





損失関数が減少していることを全てのモデルにおいて確認し、過学習などが起きずに学習が順調に進んでいた。






BTで中心気圧の高い台風→気圧を低く推定傾向

BTで中心気圧が低い台風→気圧を高く推定傾向

- 学習経過に伴う絶対誤差と事例別RMSEのばらつき -

学習経過で見ると全てのモデルに共通して0~299epochの間は精度が良くなり299epoch以降では精度に大きな差は見られなかった。



推定と6時間予測では、精度に大きな差は見られなかった。
12時間予測以降では、次第に精度が悪くなり、24時間予測以降ではより精度が悪くなっていった。

- 結果 -

精度の高い事例





この台風は、2013年10月4日15時に、マリアナ諸島近海で発生し、北西に進み、九州の南西海上で消滅した事例である。
この事例では、RMSEは6.2hPaだった。
図のようにベストトラックと同様の気圧変化を予測できている。
台風の発生期・発達期・衰弱期を見てみると、台風画像の特徴から予測をすることができていることが分かる。

精度の低い事例




この台風は、2013年10月30日03時に、フィリピンの東で発生し、西に進み、フィリピン北部の島に上陸し、その後衰弱、消滅した事例である。
この事例では、RMSEは18.4hPaだった。
図のように過大に予測していることがわかった。
台風の発生期・発達期・衰弱期を見てみると、台風画像の特徴から予測をすることができていことが分かった。





台風トラックと誤差



上図は、本研究で扱った台風事例全ての移動経路にその時刻の誤差をプロットしたものである。
この図から、フィリピン東部で誤差が大きくなりやすいということがわかった。

台風事例別RMSEの分布





上図は、台風を特徴ごとに分類し、事例ごとのRMSEを箱ひげ図の形で示したものである。
左上から順に0時間予測、6時間予測、12時間予測、そして48時間予測の結果となっている。
全ての図において箱ひげ図の特徴が一致していることから、全てのモデルにおいて台風の特徴によるRMSEの分布は同様であることが分かった。



台風事例別RMSEの分布






左上図は、台風の発生月を1〜5月、6〜8月、9〜12月に分類したときの結果である。
箱ひげ図の下の数値は、その台風事例数である。
図から6〜8月では精度が高いことが分かる。
右上図は、台風をSaffir-Simpsonスケールのカテゴリーで分類した結果である。
弱い台風ほどRMSEが小さく、強い台風ほど精度が悪くなるということがわかった。






左上図は、急速発達(RI)経験の有無で分類した結果である。
24時間で30knot以上の発達をした台風は精度が悪くなるということがわかった。
右上図は、RI経験のある2013年11号の台風で、青線がベストトラックの中心気圧、赤線が予測値である。
このように急速発達経験をとらえることができていない。これは、他のRI経験のある台風でも同様の結果だった。






左上図は、北上したか西進したかを最終的にどこに上陸したかで判断した結果である。
北上し、日本に上陸した台風よりも西進してベトナムに上陸した台風のほうが精度が高いことが分かった。
右上図は、台風最盛期に30knot半径が150ノーティカルマイルより大きいものをサイズ大、それよりも小さいものをサイズ小として分類した結果である。
サイズ小さいものよりも大きい台風の方が精度が悪かった。










上図は、台風発生時の環境場を、Yoshida & Ishikawa (2013)の客観的分類手法により分けた結果である。
PTC(先行台風)の台風が方が他よりも精度が高かった。








- 考察 -

使用したデータセットによるモデルへの影響




機械学習は、過去の経験を基にモデルを作成している。
つまり、学習時のデータに強く依存し、たとえば、過去に稀なものや経験していないものは、推測しにくいという特徴がある。
本研究で使用したデータセットの中心気圧のヒストグラムは上図のようになっていて、強い台風の頻度が少ない。
そのため、強い台風を推定することが難しいと考えられる。



深層学習と台風の特徴の関係




最盛期での最大台風強度については、木場1990によって「BTは、弱い強度の時と比べて、強い強度の時では不確実性が大きく、30hPa以上の誤差がある。」と言われている。
つまり、学習データのBTは、台風強度が強いほど誤差が大きい。
そのため、強い台風は推定(予測)が難しいと考えられる。






上陸国別については、一般的に日本に上陸した台風は、中国やベトナムに上陸した台風よりも強度が強い台風が多い。
そのため、日本上陸台風は推定(予測)が難しいことが考えられる。






急速発達経験の有無については、全体で2割程度しかない。
そのため、推定(予測)が難しいことが考えられる。






発生環境場分類のうちPTC台風は約10%しかない。
そのため、推定(予測)が難しいことが考えられる。



- まとめ -

目的



@台風強度推定モデルと台風発達予測モデルの開発。
A推定(予測)しやすい台風と推定(予測)しにくい台風の調査。





手法



台風画像と台風強度の時系列群から、台風の中心気圧の時間変化を学習





結果



台風の特徴の捉え方は、全モデルにおいて同様だった。
6時間予測(線形)モデルが最も精度が高かった。
24時間予測以降では、急激に精度が低下した。
BTで中心気圧の高い台風を過大評価した。
BTで中心気圧の低い台風を過小評価した。
フィリピン東部の海域で推定(予測)精度が低くなった。
推定しやすい台風と推定しにくい台風の特徴が分かった。






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