台風ハザードマップで 2018年台風21号の猛威は予測できたのか?


2019年 3月

気象学研究室 山内隆介




1) 研究背景・目的


これまでの台風ハザードマップ開発研究として、による台風ノモグラム(山崎2017)の開発や、 それを拡張した(宮崎2017)による全国版台風ハザードマップを、筆保研究室では進めてきました。

      台風ノモグラム      全国版ハザードマップ
         図1 台風ノモグラム(山崎2017)              図2 全国版ハザードマップ(宮崎2017)


課題として実際の台風での検証を行っていませんでした。
理由として、

@風による大きな被害が出た台風が日本に来ていない
Aその被害の実態がつかめていない

というのが挙げられます。

そこで、本研究では、目的をこのように定めた。

目的1:台風21号の強風は台風ノモグラムを用いて、予測できたのかを検証する。

目的2:台風21号で出た被害地域とノモグラム精度は関係するのか?


2018年台風21号は25年ぶりに非常に強い勢力で日本列島に上陸し、甚大な強風被害をもたらした台風であり、経済的観点からも損害保険支払額が過去最高に上った台風である。(図2)この台風を台風ノモグラムを用いて予測できたのかを検証する。
目的2を達成するためにあいおいニッセイ同和損保と共同研究を結びで、台風21号の被害状況を算出、実際の台風被害とハザードマップの精度とどのような関連性があるのかを検証した。

2018年台風21号2018年台風21号

図3 2018年台風21号               図4 損害保険支払額Top5


2)手法

経路アンサンブルシミュレーション
図5 経路アンサンブルシミュレーションの簡略図

初めにシミュレーションを行った。シミュレーションとは、仮想空間に大気データを入れ、そのデータを基に時系列変化を計算し、台風経路を再現することである。
再現された台風経路をコントロールランという。(図5:中央赤線)。
これを応用したのが経路アンサンブルシミュレーションである。先述のコントロールランを基に、大気データを西にスライドして計算をする。これを繰り返し行った。同様に東にスライドして計算をし、これも繰り返し行った。これにより、日本全国に台風が上陸した想定ができる。スライドした台風経路をシフトラン(図5:黒線)という。
これを8事例(台風21号を除く)、合計828本の台風を作り、この風速データを基に台風ノモグラムが作成された。(山崎2017)

その後、算出された計算風速を基に、観測された風速の時系列変化と照らし合わせた。その結果図6のようなグラフが得られる。
検証方法
図6 検証方法概略図

図6の左黒丸実線が台風ノモグラムによって算出された計算風速、実線が観測風速、グレーのエリアが90%信頼区間を表している。台風ノモグラムの1つのマス(セル)に入っている風速情報は、90〜200個存在し、データにばらつきがあるため、平均に幅を持たせているため90%信頼区間を設定した。
この信頼区間に観測風速が

@80%以上入っている場合→〇
A30〜80%以上入っている場合→△
B30%未満の場合→×

という評価し、日本全国で台風ノモグラムの精度検証を行った。


3) 結果


〇、△、×評価した結果を以下図7に示す。それを都道府県別に色分けしたものが以下に示す図8である。
〇△×
図7 5地点での台風ノモグラム評価


ノモグラム精度観測最大風速ノモグラム精度
図8 ノモグラム精度分布          図9 観測最大瞬間風速分布          図10 損害保険支払件数分布

図7、図8からわかるように、台風経路に近い地域ほど精度が高いことがわかった。
図9より、台風経路に近い地域ほど、強風が吹いていることがわかった。また、台風の進行方向の右側半円、いわゆる危険半円が風が強いうということがこの図からも改めて分かった。
図10より、図9と同様に、台風経路に近い地域ほど損害保険支払件数は多くなっている。また、台風の進行方向の右側半円でも、支払件数が多いことがわかる。

4) 考察


図8と図9を比較すると台風ノモグラムは風の強い地域で精度が高いことがわかる。
図9と図10を比較すると風の強い地域では、被害が拡大していることがわかる。
このことから、台風ノモグラムは被害の大きく出る地域において精度よく予測しているといえる。

これは、風速データを基に台風ノモグラムを作成しているため、風の強い地域では、台風による風以外の要素が比較して小さくなっているからと考えられる。対して風の弱い地域では台風による風以外にも他の気象条件の影響も相対的に大きく受けてしまうため、精度が落ちていると考えられる。
ハザードマップという観点からみると被害の大きな地域において、精度よく予測することができるので、ハザードマップとして有用であると考えられる。

5)まとめ・今後の展望


初めのまとめと照らし合わせてまとめをすると。

目的1:台風21号の強風は台風ノモグラムを用いて、予測できたのかを検証する。

→台風ノモグラムにより、21号による強風は台風経路に近い地域で精度良く予測であった。

→台風から離れた地点では精度が落ちる。


目的2:台風21号で出た被害地域とノモグラム精度は関係するのか?

→ノモグラム評価が良かった地域と被害の多い地域はおおよそ一致している。

→台風ノモグラムは風が強いときに精度が上がる。


今後の展望として、都道府県単位での精度検証となっているが、市町村レベルまで落とし込み、精度よく検証できる範囲をより正確に求める。
台風ノモグラムに今回検証に用いた2018年21号や観測史上初の経路となった2018年12号のシミュレーションデータを作成したので、それを台風ノモグラムの算出データに組み込み、台風ノモグラムの精度向上を図る。

2019/03/29 山内