アンサンブルシミュレーションを用いた台風に伴う暴風リスクの解明


2020年 3月

気象学研究室 水野凜







1) 研究背景・目的

 北半球では一般的に、台風の進行方向の右側(危険半円)で強めの風が吹き、進行方向の左側(可航半円)では比較的風が弱くなる。
日本付近では、北進する台風が多いので、各地点の西側に台風が位置する時に風は強くなり、東側に位置する時には弱くなるといわれている。 また、台風は上陸すると潜熱の供給量が少なくなって勢力が衰えるため、通過後よりも通過前の方が強い風が吹く。
しかし、実際に観測される風は地形の影響により場所ごとに異なり、可航半円時や通過後でも強めの風が観測されることがある。
山崎(2016)や山内(2018)は台風経路アンサンブルシミュレーションを用いて台風ノモグラムを作成し、台風がどの方角に位置する時に風が強まるかを調べたが、
可航半円時や台風通過後にも風が強くなる地域があることがわかった。

       アンサンブルシミュレーション        ノモグラム
    図1 台風経路アンサンブルシミュレーションの模式図        図2 台風ノモグラム(山崎2016)

 強風に備える際には、台風がどういう経路の時にその地点で風のリスクが高いのかを把握していると、効率的に対策ができる。
 そこで本研究では、14事例の台風経路アンサンブルシミュレーションをおこなって台風ハザードマップを作成し、
どのような地域・条件下で強風のリスクが高いのか示すことを目的とした。




2)手法

 まず、台風経路アンサンブルシミュレーションを用いて、地上風速データを算出した。
台風経路アンサンブルシミュレーションでは、大気場と地形の位置関係を水平方向にシフトし、異なる台風経路を通る複数の仮想台風を再現する。
概ね北進する台風14事例・約1000メンバーのシミュレーションにより、台風中心の位置ごとに各地点での地上風速を算出した。

 次に、上記の地上風速のデータを用いて、各地点の半径300 km以内に台風中心がある時に各地点でどの程度の風速が観測されるのかを計算した。
具体的には、ある地点(図3のA)の半径300 km以内に台風中心がある時にAで観測される風速のデータを平均した。
この平均値をAの強風ハザード評価値とする。
強風ハザード評価値を色で評価し、A以外の全国17639地点でも同様に強風ハザード評価値を計算して色で評価するという作業をした。
これらを地図上に表すと、図4のような台風ハザードマップを作成することができる。
この方法で作成した台風ハザードマップは、半径300 km圏内に台風がある時の強風リスク(以下、全方角リスク)がわかる地図であるといえる。

       手法1        ハザードマップ
    図3 強風ハザード評価値の計算方法の模式図;            図4 台風ハザードマップ
      それぞれのの位置に台風中心がある時に
      Aで観測される地上風速のデータが示してある。
      これらをすべて平均した値がAの強風ハザード評価値である

 いま、半径300 km以内に台風中心がある時のデータをすべて平均したが、
その中からさらに、台風中心が地点の西側にある時のデータだけをピックアップして平均すると、それはつまり地点が危険半円に入っている時の強風ハザード評価値となる。
この強風ハザード評価値をもとに作られた台風ハザードマップは、地点が危険半円に入っている時の強風リスク(以下、危険半円リスク)がわかる地図であるといえる。
同様に、台風中心が地点の南側にある時のデータだけをピックアップして作成した台風ハザードマップは、台風通過前の強風リスク(通過前リスク)がわかる地図である。
可航半円時や台風通過後のリスク(可航半円リスク、通過後リスク)がわかる台風ハザードマップを含め、1つの台風事例につき5種類の台風ハザードマップを作成した。

       危険半円
   図5 危険半円リスクの強風ハザード評価値の計算方法の模式図




3) 結果と考察

 全国の全方角リスクを俯瞰すると、標高が高い山地や丘陵・高地で強風リスクが高いことが示され、また、リスクが高い地域は太平洋側に多い傾向があった。

       全国全方角リスク
   図6 全国の全方角リスク;上段左からT1821、T9810、T9119、下段左からT5915、T6118、T1326


 関東地方・中部地方の全方角リスクは、図7のとおり、栃木県の山地、富士山周辺、赤石山脈周辺で高い(強風ハザード評価値が10 m/s以上=赤色)ことがわかった。
これらの地域では、周辺の平野部と比べて230%以上強い風が吹くと示された地点もあった。
 危険半円リスク・可航半円リスク・通過前リスク・通過後リスクを比較すると、
図8のとおり、危険半円時や台風通過前は太平洋に近い場所で風が強く、可航半円時は日本海側で風が強いという結果が出た。
それぞれのリスクについて詳細にまとめると以下のようになった。

 ・通過前リスクは、全方角リスクが高かった栃木県の山地、富士山周辺、赤石山脈周辺に加えて、秩父・多摩や伊豆半島でも高い(図9)。
 ・通過後リスクが高かった(強風ハザード評価値が10 m/s以上)地域はない(図10)。
 ・危険半円リスクは、全方角リスクと同じ栃木県の山地、富士山周辺、赤石山脈周辺で高い(図11)。
 ・可航半円リスクは、新潟県南西部から石川県南部にかけての地域で高くなっている一方、太平洋側の地域は相対的に低くなっている(図12)。

 危険半円時に主に太平洋に近い場所で風が強くなり、可航半円時には日本海側で強くなるのは、山地が風よけのはたらきをしているからであると考えられる。
地表面よりも摩擦の小さい海面を通過した風が山地に遮られずに吹き込む時に風が強くなるとみられる。

     全方角リスク        各リスク比較
      図7 関東地方・中部地方の全方角リスク;事例は図6と同様            図8 各リスクの比較;事例はT5915

     通過前リスク      通過後リスク
      図9 関東地方・中部地方の通過前リスク;事例は図6と同様       図10 関東地方・中部地方の通過後リスク;事例は図6と同様

     危険半円リスク      可航半円リスク
     図11 関東地方・中部地方の危険半円リスク;事例は図6と同様       図12 関東地方・中部地方の可航半円リスク;事例は図6と同様

 上記のような方法(強風ハザード評価値が10 m/s以上であるか否か)で強風リスクの有無を判定すると、リスクが高いと判定されるのは標高の高い山地やその周辺だけとなってしまった。
そこで、それ以外の平野部やその周辺の強風リスクも考察するために、
「ある地点の強風ハザード評価値」と「その周辺約100 kmで最も強風ハザード評価値が低い場所の評価値」の差が5 m/s以上となった地点が存在する地域を抽出し、
そうなった事例数(14事例中何事例で差が5 m/s以上になったか)を調べた。
周囲との風速差が大きければ、その地域は局地的に風が強くなりやすい地形をしているといえる。
その結果、埼玉県東部やT1915の強風で大きな被害が出た房総中部も、台風通過前には風が強まる可能性があることがわかった。
また、丹沢や秩父・多摩も危険半円時や台風通過前に風が強くなる可能性が高い。

        表1 平野部やその周辺で差が5 m/s以上あった地域とその事例数
       強風ハザード評価値偏差5 m/s以上の事例数




4) まとめ

 台風が接近すると、太平洋に近く標高の高い地域で主に危険半円時や台風通過前に強風リスクが高くなる傾向が見られた。
ただし、可航半円時は日本海側の山地で強風リスクは高くなった。

 今後は、今回作成した台風ハザードマップの信頼性を検証していくことが必要となる。
また、今回は北進する台風のみを対象としたが、これ以外の台風でも台風ハザードマップを作成し、台風経路別の強風リスクの違いを考察することも期待されている。





2020/03/21 水野