台風経路アンサンブルシミュレーションを用いた高潮リスクの評価

横浜国立大学大学院 教育学研究科 辻和希


背景と目的

1959年15号(通称伊勢湾台風)や2018年21号の台風のように台風がもたらす高潮は、発生頻度は稀だが、ひとたび発生すれば沿岸地域に甚大な被害をもたらす。そして、沿岸部の海底地形の影響を強く受けるため、その発生規模は台風経路に強く依存する。過去の研究では、台風がどのように通過すると高潮偏差がどの程度になるかを調べているが、特定の沿岸地点に限られている。

そこで本研究では、以下を目的とする。

① 大気モデルと高潮モデルを組み合わせた台風経路アンサンブルシミュレーションを用いて、T5915 、T5822、T9512、T1812、T1813、T1821の経路を東西にずらしながら、九州から東北地方までの沿岸地点における高潮偏差を計算し、
新しい高潮ハザードマップを提案する。

② 台風事例別で比較して、台風毎で高潮偏差に差があるかを調べる。

③ 台湾とフィリピンの沿岸地域における高潮ハザードマップも作成する。

手法


1. 大気モデル


台風通過時の大気場をシミュレートする数値モデルとしてWeather Research and Forecasting Model (WRF-ARW) Version 3.6.1を用いた。詳細なWRFの計算設定を表1にまとめた。水平解像度は5kmに設定し、各事例で50から100ほどの台風経路アンサンブルシミュレーションを行った。

表1 WRFの計算条件:放射過程は短波放射・長波放射ともに同一のスキームを用いたため統一している。




2. 高潮モデル

大気データ(Domain2を)をインプットデータとして、気象庁が用いている高潮モデル(JMA Storm Surge Model)を用いてシミュレーションした。高潮モデルの計算設定を表2にまとめた。水平格子数は811×361で固定し、作成した4つの海底地形を図1に示す。本研究では、吸い上げ効果と吹き寄せ効果のみを計算し高潮偏差の算出を行っている。なお、本研究では、天文潮位は含めず、浸水は考慮していない。

表2 高潮モデルの計算設定









図1 本研究で用いた海底地形(左上)@東北地方、(右上)@九州から関東地方、(左下)@フィリピン、(右下)@台湾



3. 実験対象とした台風事例

本研究で対象とした台風事例は、T5915 、T5822、T9512、T1812、T1813、T1821、T1330である。各台風事例について、台風経路アンサンブルシミュレーションする上での関連事項を表3にまとめた。各台風の事例は36から121ケースを計算した。

表3 対象とした台風の高潮シミュレーションの計算設定



結果・考察

1. 全国高潮ハザードマップ

 地点を決定し、台風経路-高潮アンサンブルシミュレーションの結果より得られた高潮偏差の最大値を色で示した。図2に北海道と沖縄を除いた日本沿岸地点における6事例の台風結果を示す。今後、T5822(IDA)を北東進940、T5915(VERA)を伊勢湾、T9512(OSCAR)を北東進920、T1812(JONGDARI)を西進、T1813(SHANSHAN)を北西進、T1821(JEBI)を北西進950とする。 高潮リスクが高い地域は、東京湾、伊勢湾、大阪湾、広島湾、周防灘、有明海であり高潮リスクの低い地域は、日本海側と太平洋側であった。




図2 6事例の台風を用いて作成した本州一周における高潮偏差(左上)北東進940、(真ん中上)伊勢湾、(右上)北東進920、
(左下)北東進950、(真ん中下)北西進、(右下)西進

図3に、本州における6事例の台風それぞれの結果をもとに作成した高潮偏差を示す。図2と同様に高潮リスクの高い地域は東京湾、伊勢湾、大阪湾、広島湾、周防灘であった。また、伊勢湾台風に対しての相関係数を示す。北東進940と北東進920は0.9を超える相関を取っていることがわかる。




図3 5事例の台風を用いて作成した本州一周における高潮偏差の値


2. 経路別高潮偏差グラフ

図4に台風経路-高潮アンサンブルシミュレーションの結果を一本ずつ書いている。また、名古屋港のコース別の高潮の最大リスクを示しており、その時の名古屋港における最低気圧を示している。気圧が一番下がっているコースが名古屋港直撃コースとなっており、そのコースから20kmずつ東西にずらした時の高潮リスクとなっている。その時の効果の内訳は、青い方が吹き寄せ効果、赤い方が吸い上げ効果となっている。西進コースだけは、南北にシミュレーションを行ったため比較することができない。西進を除く5事例の台風を比較すると台風の強度は違うが、台風が名古屋港直撃コースよりも西に台風が位置した時に高潮リスクが高くなりやすく、東に台風が位置した時に高潮リスクが低くなりにくいことがわかる。


図4 5事例の台風を用いて作成した名古屋港における高潮偏差(左上)北東進940、(真ん中上)伊勢湾、(右上)北東進920、
(左下)北東進950、(右下)北西進


3. フィリピンと台湾の高潮ハザードマップ

図5にフィリピンと台湾の沿岸地域における高潮偏差を示す。フィリピンと台湾にはT1330を用いた。フィリピンを俯瞰してみると、アラバット島やダエトで高潮リスクが高くなり、逆にフィリピンの北の地域で高潮リスクが低くなっている。台湾を俯瞰してみると、台湾の東側の沿岸地点よりも西側の沿岸地点で高潮リスクが高くなっている。


図5 T1330を用いて作成した高潮偏差(左)@フィリピン、(右)@台湾


まとめ

・6事例の台風を用いて全国高潮ハザードマップを開発した。
高潮リスクの高い地域は、東京湾、伊勢湾、大阪湾、広島湾、周防灘、有明海であった。

・名古屋港で台風事例ごとに比較した。
台風強度に差があるものの、台風が名古屋港直撃コースよりも西に台風が位置した時に高潮リスクが高くなりやすく、東に台風が位置した時に高潮リスクが低くなっていた。

・フィリピンと台湾の高潮ハザードマップを開発した。
フィリピンを俯瞰してみると、アラバット島やダエトで高潮リスクが高くなり、台湾を俯瞰してみると、台湾の東側の沿岸地点よりも西側の沿岸地点で高潮リスクが高くなっていた。

作成:辻 2020/2/28