台風通過と海面上クロロフィルα変化の統計解析

2021年3月
筆保研究室  権田紗希




1)研究目的・背景

   台風は、その強風により海の環境を大きく変える。先行研究では、新野(2002)やKawai & Wada (2011)により、 台風が海をかき混ぜて、海の深い部分の海水が湧昇することにより、深層の高濃度CHL-αが上昇し、台風通過時には、海面で一時的に増加することが観測されている。
また漁師や釣り人の間で使われている「台風後の荒食い」ということばがある。 この台風後の荒食いとは、「台風が通り過ぎた後、大漁になる」といういわば噂だか、実際に釣り人の間では本当に台風通過後は大量になっているようだ。 しかしなぜ台風後に大漁になるか、多くの仮説がありなあがら、どれも科学的な証明はこれまでできていない。 このCHL-αを用いれば科学的な根拠で仮説が証明できるとも言われているが、これまでの観測技術では、海上のCHL-αの観測は難しく、時間的・空間的な理解には至らなかった。
そこでブレイクスルーとしてひまわり8号が登場する。ひまわり8号は2015年7月に運用を開始した。 以前に比べて、解像度が倍に、そして観測画像がカラーになった。 これにより、CHL-αの可視画像での観測が高解像・高頻度で観測可能となった。これより本研究の目的は以下の2点とした。
①台風通過後に起きるCHL-αの変化について、ひまわり8号の結果を用いて、海域・季節・台風要因での影響を統計的に調べる。
②台風が良い漁場をもたらすという仮説より、台風通過後の漁獲量の変化を調べる。




2)手法

①台風通過とCHL-αの変化の統計解析について

   海面上クロロフィルαのデータとして、ひまわり8号のクロロフィルα濃度のデータを使用した。データは、JAXAによる分野横断型プロダクト提供システム(P-tree)からダウンロードした。
解析期間は、2018年7月~2019年12月の北西太平洋地域(外洋)に発生した台風(全58事例)である。本研究では海面上クロロフィルαの特性に合わせて、沿岸部と外洋を分けて数値解析を行った。その区別は以下の図1の通りである。また台風最盛期の気圧、風に対し、その経路の中で一番変化が大きかった時のCHL-αの値との相互で相関をみた。CHLは、台風を中心に周囲2°の領域平均をとって代表値とした。右半径、左半径の値はは進行方向を中心に半分に分け、左右差はその左右の絶対値の差をとった。  台風のデータは台風の経路情報は気象庁ベストトラックを用いた。


図1.沿岸部と外洋部の区別
    

②台風通過と漁獲量の変化について

    本研究では、漁獲量データの収集のため各地の漁港・水産センターに直接問合せてデータ開示の依頼を行った。 2016年から2019年の台風が研究対象のため、その期間の日別・種別漁獲量のデータの開示の依頼をおこなった。その際、漁獲量と水揚げ量については、問わない。
種別の漁獲データを月間ごとにグラフにし、水揚げされた地点から半径300㎞内を通過した際の漁獲量の変動を調査した。図2が、半径300㎞の円である。


図2.沿岸部と外洋部の区別

3)結果

結果①:台風19号によるケーススタディ

   時間変化をGIF画像で追っている(図3)。白い部分はデータの欠損である。 図2のように台風の雲がかかると、衛星観測ができなくなるため、データの欠損が起こる。これより、沿岸域は常に大きいが、外洋は変化が小さいことが分かる。
そして台風通過後にクロロフィルαが0.05mg/m3 以下から0.1mg/m3 以上に増加している。 また、トラックの周辺に着目すると進行方向右側が大きいこと、移動速度が遅いほど変化が大きいこと、強度が大きい時に変化が大きいという特徴が見られる。

図3.台風19号通過時の海面上クロロフィルαの日変化

    図3は1日ごとの時間経路断面図である。 横軸は台風経路の緯度方向に沿い、 縦軸は台風発生3日前から30日間を、下から上へ時間が経つようになっている。 台風の雲がかかるとデータの欠損が起こるため、白い部分の下側は台風通過前、 上側は台風通過後の様子だと分かる。値は絶対値である。 これにより、台風が通過すると、常にクロロフィルαに変化が見られるとは限らないことが分かる。 また外洋と沿岸を比較すると、沿岸の方が変化が大きく、CHL-αが増加している期間も長いことが分かる。
変化の時間は、沿岸域で3日前後でもとに戻ると分かる。


図4.T1919の経路に沿ったクロロフィルα濃度1時間平均値の 時間経路断面図(濃度は mg / m3 )

結果②:統計解析結果

    強い台風ほど変化が大きいのかついて、中心気圧・最大風速・最大直径・移動速度との関係を解析したところ、図4より移動速度とCHL-αの変化量には相関係数は、0.2と小さいものの、弱い負の相関がみられた。
これより遅い台風ほど変化が大きいということが分かる。
また経路の違いから、左右差が大きい台風は、東側に転向する経路が多く見られた(図5)。


図5.クロロフィルα濃度と移動速度の相互相関 


図6.左右差が大きい台風5つ(T1913,T1908,T1906,T1918,T1911)の経路

結果③:台風通過と漁獲量の変化について

    図7は2019年7月に発生した台風6号の時の小田原漁港の漁獲量の変化である。図8はは台風6号の経路である。
図7より台風が直撃した28日を境に地平子イワシの漁獲量41倍になっていることが分かる。 前日から通過後に、漁獲量が2倍以上になっている事例は、25事例中、11事例であった。


図7.T1906接近時の小田原漁港の漁獲量 (7/27から7/28にかけて半径300㎞以内を台風が通過)  


図8.台風6号の経路(デジタル台風より引用)

   
また図9は、小田原漁港のある、相模湾のCHL-α濃度の1日ごとの変化を表している。
台風が直撃した28日には前日と比べてCHL-αが増えていることが分かる。 31日と比べると、28日の通過時、そしてその前から、大きな川のあるあたりから、クロロが増加している様子が分かる。


図9.小田原漁港付近のクロロフィルα濃度の変化(JAXAひまわりモニターより引用) 


2)考察

考察①:なぜ遅い台風ほど変化が大きいのか

   CHL-αの変化が大きい台風の特徴として移動速度が遅い台風、東側に転向する台風の方が、海のかき混ぜ効果を受ける時間が長いため、栄養塩類に富んだ深層水が多く巻き上げられる。
よって、植物プランクトンの増加 ・ CHL-αの増加が起こると考えられる。


図10.台風の下での海水の流れ(新野(2002)より引用)
    

考察②:なぜ外洋に比べて沿岸はCHL-αの変化が大きく長いのか

   2つの要因が考えられる。 1つ目は、河川からの栄養塩の流入でである。台風通過時、またはそれよりも前から陸地で大雨がふり、河川から大量の水が海に流れます。陸水(りくすい)では多くの栄養塩が流込することで河口でのCHL-αの増加が起こるといわれている。 2つ目は、沿岸湧昇である。沿岸は、外洋に比べて浅瀬のため、台風によって海がかき混ぜられるとすぐに湧昇するためである。


図11.沿岸部のCHL-αの変化要因(矢印:海水の流れ、緑:CHL-α)

考察③:<漁獲量の変化について

   河川からの流入による、植物プランクトンの増加が影響したと考えられる。そこから、プランクトン食性の魚種の増加しているといえる。プランクトン食性の魚種とは主にイワシであるが、小田原漁港の結果がそれに対応している。 台風19号のケーススタディでも、増加傾向は3日くらいで戻っているが、今回も3日でイワシの大漁は終わっている。


図12.CHL-α濃度の変化と魚の動き

考察④:漁獲量の変化とラニーニャ現象による豊漁との類似

   平常時のペルー沖は、貿易風によって沿岸の海水が減り、補うように深層から湧昇流が発生している。
一方でラニーニャ時のペルー沖では、平常時よりも海水温が低下し湧昇流が活発化することで、カタクチイワシの豊漁が起こる。 図13は、ペルー沖でのカタクチイワシの漁獲量とエルニーニョ、ラニーニャ現象の関係を示したものである。緑の部分がラニーニャ時であり、カタクチイワシの漁獲量が長期的に増加していることが分かる。 これと対応して、台風通過時を考えると、台風通過に伴う湧昇流の発生から植物プランクトンが増加し、前述した河川の流入の際と同様に漁場が形成され、台風後の荒食いが起こると考えられる。


図13.ラニーニャ現象とカタクチイワシの漁獲量の変化(赤:カタクチイワシの漁獲量、緑:ラニーニャ現象の発生時)(Jordan(1998)より引用)


まとめ

目的①:台風通過とCHL-αの変化の統計解析について

   台風の移動速度が遅いほど湧昇の影響を受ける時間が長くなるため、変化が大きくなるということが分かった。

目的②:台風通過と漁獲量の変化について

   全ての台風で起こるとは言えないが、河川からの流入と湧昇によるCHL-αの増加に伴い、1週間以内での漁獲量の増加が見られた。また、ラニーニャ現象との対応も考えれる。
一方で、人為的な要因について考慮できていないことや、強い台風の時は漁に出られないことから、確実に台風後の荒食いが起こるとは言い切れない。


謝辞

本研究を進めるにあたり、担当教員の筆保弘徳教授には大変お世話になりました。
また筆保研究室の皆様にも同様に多岐に渡りご援助いただきました。
日本学術振興会科学研究費助19H00705、千葉大学環境リモートセンシング研究センター共同研究CJ20-23、共同利用研究(CJ20-23)の支援も受けました。
千葉大学の樋口篤志様、琉球大学の伊藤耕介様、北海道大学の堀之内武様との共同研究をさせていただきました。
高知県水産振興部水産試験場様、神奈川県小田原漁港様、山口県水産研究センター外海研究部の方には、貴重なデータを提供していただきました。
関係各位に感謝の意を表します。
権田紗希