日本における台風被害の分析と予測

2021年3月
筆保研究室  蔭山明日香




1)研究目的・背景

   近年、台風の進路や強度に関する予測精度は向上しているにもかかわらず、台風によって大きな被害が出ているという現状がある。例えば、令和元年房総半島台風(2019年台風15号)では、約40万棟もの建物が被災し(日本損害保険協会調べ)、その記録的な暴風により、大きな被害をもたらした。この要因の一つとして、台風の「被害」についての予測がないということが挙げられる。現在、風速値と建物特性から被災する建物を予測する被災建物想定の手法がある。したがって、本研究の目的は、以下の3つである。
①被災建物想定の精度検証
②台風被害が出やすい地域と各地における建物被害が大きくなる経路の算出
③「台風ハザードマップ」の作成




2)目的①被災建物想定の精度検証

被災建物想定の手法

   エーオンベンフィールドジャパン株式会社ら(2017)は、風速値と各建物の特徴(材質、屋根面積、築年数、屋根形状)から、市区町村ごとに被災する建物の棟数を算出する手法を開発した。
この手法の風速値に、AMeDASによるリアルタイムの風速データを入力値することで、台風の発生直後に建物被害を予測する、リアルタイム予測が可能となる。このリアルタイム予測は、筆保研究室、あいおいニッセイ同和損保、AONの共同開発によるホームページ、cmap で公開されている。

精度検証の結果

   検証には、令和元年房総半島台風(2019年台風15号)を利用した。図1は、日本損害保険協会が受け受けた実際の被害棟数と、被災建物想定の手法が予測した予測棟数である。ここから、この手法が精度よく風による被害を予測できていることが分かった。

図1.令和元年房総半島台風での検証結果



3)目的②台風被害が出やすい地域と各地における建物被害が大きくなる経路の算出

被災建物想定の手法

   被災建物想定の手法における風速値を、台風経路アンサンブルシミュレーションで算出した風速データにすることで、実際には来ていない様々な台風での建物被害について考えることができる。本研究では、伊勢湾台風を約20kmずつ東西にシフトした68経路のシミュレーション結果を用いた。ここから、「もしも、現在の日本各地に伊勢湾台風が直撃したら?」という実際には起こっていない状況を想定することができる。

結果(全国)

   東西に20㎞ずつシフトした68経路の仮想台風について、それぞれの経路での全国の予測棟数は図2のようになった。この結果から、伊勢湾台風の実際の経路より100km西にシフトした経路で、全国での建物被害が最大になると試算されたことが分かった。その時の被害は約160万棟にも及ぶと試算され、その最悪の経路が図3である。

図2.経路ごとの全国での被害予測                                           図3.全国にとって最悪の経路

結果(都道府県)

   都道府県ごとにも結果を分析した。(例:高知県)この高知県の結果から、高知県高知市への直撃から140km西の経路で最大の被害が出ること、直撃より東の経路より、西の経路の方が被害が大きくなると予測されていることが分かった。


図4.各経路における高知県での建物被害予測                                図5.高知県にとって最悪の経路

考察

   図6は、高知県高知市の直撃から140km西の経路と、140km東の経路の台風における風の分布である。直撃より西の経路では、通過時最も風速が大きくなる時、南寄りの風が吹く。この風は、山地に遮られることなく高知県の平野部に届く。一方で、直撃より東の経路では、通過時最も風速が大きくなる時、北寄りの風が吹く。この風は、中国山地および四国山地に遮られてから高知県の平野部に到達する。


図6.台風通過時の風の分布

   また、台風が西側を通過する時、その位置の風速は東→南→西と変化する。今回の伊勢湾台風をモデルとした仮想台風においては、台風の眼が直径約100~200kmであり、台風の眼の外側の最も風が強い場所で、進行方向と同じ風向の風が吹くときに風が強くなり、建物の被害も大きくなると予測されるため、直撃よりも西側の経路で被害が大きくなる予測となったと考えられる。




4)目的③台風ハザードマップの作成

   都道府県、市区町村ごとに防災情報を閲覧できるホームページ「台風ハザードマップ」を作成した。このホームページには、個人が利用できる、筆保研究室の研究による防災情報を掲載した。



5)まとめ

目的①②

・令和元年房総半島台風房総半島台風での検証の結果、被災建物想定の手法は、被害を精度よく予測できていることが分かった。
・伊勢湾台風をモデルとして、様々な経路での被災建物想定を行った。全国で最大約160万棟もの被害が出ると予測され、その時の経路がわかった。
・都道府県ごとに分析を行い、各地の最大の被害が想定される伊勢湾台風の最悪の経路やその時の被害棟数がわかった。

目的③

・都道府県、市区町村ごとに防災情報を閲覧できるホームページ「台風ハザードマップ」を作成した。

今後の課題

本研究では、台風1事例でしか分析を行っていないため、今後この事例を増やし、より防災情報として有効なものを作成する。



謝辞

 坪能和宏様(エーオングループジャパン株式会社)、 多嘉良朗朝恭様(あいおいニッセイ同和損保株式会社)には被害想定データの提供をお願いいたしました。  また、筆保弘徳先生をはじめ、研究室メンバー、和田光明様、清原康友様、には、図やホームページの作成のサポート、研究についての助言を沢山いただきました。 この場を借りて感謝申し上げます。