アンサンブル気候データを用いた台風発生に対する遠隔影響の検出


2022年 3月

筆保研究室 古田隆行


1) 背景・目的

本研究では災害の理解と減災・防災を目的として、

1)これまでの自然災害の歴史とその対策と課題
2)アンサンブル気候データを用いた台風発生に対しての遠隔影響の解析
3)台風シミュレーションからの3D動画作成による教材開発

以上の3点をテーマに研究を行った。



2)手法


1)これまでの自然災害の歴史とその対策と課題
以下のようなことを行った。
1-1)産経新聞2014年3月9日号「日本災害史」に掲載されている日本で過去に発生した災害をまとめる。
1-2)「わたしたちの防災」のテキストを参考に自然災害ごとに対策・考察を行う。

表1 「日本災害史」に記録されている自然災害の種類別分類と死者数
自然災害1 自然災害2 自然災害3


この結果から地震の被害が他の災害と比較して大きいこと。現代でも津波等の被害により大きい被害を受けていることが分かった。
過去の被害は概算で記録されていることが多いが、江戸時代あたりから死者数が1桁台まで記録されていることから詳細な記録を
とるようになったことが分かる。

災害対策については行政の対策とは別に地域別・災害別の被害想定や避難場所を示したハザードマップや災害情報の整備など、
住民自らが対策をとることができるようになってきている。特に災害レベルに関しては2021年5月20日の災害対策基本法改正で制定され、
「避難勧告」が廃止になり「避難指示」になったことや災害発生前から対策本部を設置し、より早い災害への対策が可能になった。



②アンサンブル気候データを用いた台風発生に対しての遠隔影響の解析
文科省・気候変動リスク情報創生プログラムによって作成された高精度モデル実験出力である
地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース、database for Policy Decision making for Future climate change (d4PDF)
の過去実験60年分(1951~2010年)100メンバを使用して台風発生の遠隔影響の解析を行う。
2-1)統計解析
2-2)60年分の月平均と月平均のSST比較
2-3)台風発生数・標準偏差とSSTの相関関係
以上の3点の異なる観点から研究を行う。

2-1)初めにd4PDFで観測されたのべ18万にも及ぶ台風を統計的に分類した。
分類にはRitchie and Holland(1999)が提唱した6つの台風発生パターンを用いる。
SL シアーライン
CR 合流域
GY モンスーン渦
EW 偏東風波動
PTC 先行台風
UCF その他
台風パターン
図1 5つの相関規模下層流れパターン 吉田ら(2013)の図を和訳
観測された台風の数は180753個となり、1年1メンバ平均では30.1個となる。それぞれの台風発生パターンの割合は図2の通りである。
台風割合
図2 d4PDF100メンバの全台風におけるそれぞれのパターンの割合

年別の発生数に関しては図3の通りである。
発生数
図3 d4PDF100メンバ1年別の全台風発生数の違い


2-2)60年分の月平均と月平均のSST比較
月別の海水温度を比較するため、60年分の月平均との差を計算し、図示した。
9712エルニーニョ6804ラニーニャ
図4 1997年12月の気候値と海面水温の差   図5 1968年4月の気候値と海面水温の差
海面水温と気候値の差はおよそ±1.0℃の間にあることが多いが、月によっては±3~5℃の大きな変化が生じた月もみられた。
エルニーニョ現象、もしくはラニーニャ現象が発生していると考察できる月も見られた。図4はエルニーニョ現象、図5はラニーニャ現象である。

2-3)台風発生数・標準偏差とSSTの相関関係
北東太平洋の台風発生数・標準偏差のデータと海面水温のSSTのデータを用意し、相関係数を算出して図示する。
統計解析でも使用した台風発生パターンを利用している。
1年発生数 1年偏差
海面水温は台風発生数・標準偏差と相関関係にある。また、台風の発生と相関のある遠隔影響を検出した。
SL,EW,GYの相関分布はALLとほぼ同じである
CRは相関が弱く、分布には一貫性がない
PTCはほぼすべてのNS×SSTで相関関係にあり、強めの相関が見られている。


③台風シミュレーションからの3D動画作成による教材開発
気象現象のシミュレーションをWRFで行い、得られたデータからAVSを用いて3D動画を作成する。

表2 台風Hagibisについての事例設定
Hagibis事例

10事例以上の動画を作成し、課題を見つけて改善した。
最終的にHagibisの動画で雲を可視化して視点が移動していく動画を作成した。

また、新たな視点動画の開拓として現実により近い関東地上からの視点の動画を作成した。


作成した動画は大日本図書さんにテロップ挿入などの編集を加えていただき、「soraのタネ」コンテンツに掲載していただいた。

soraのタネ
図6 いろいろな視点で見た台風



3)まとめ・今後の展望

1)過去の自然災害をまとめた結果、過去には甚大であった自然災害の被害であるが、現代になるにつれて被害は抑えられてきている。
特に地震は古墳時代から記録があり、1件でも数千~数万人の死者が出る大きな災害であった。建築基準法の改正などにより昭和後期になると数百人規模まで被害が抑えられてきている。台風は明治時代以前までは詳細な記録が少なかったが、1884年に観測機器が整備され1951年から気象庁のベストトラックによる記録が詳細に取られるようになったことで台風に関しての記録が詳細に残るようになった。
1940~50年代は台風が多く発生しており死者数1000人前後の記録が残っているが災害対策基本法制定の要因となった1959年の伊勢湾台風を最後に死者数1000人以上の台風被害は報告されていない。このように自然災害の被害の減少には過去の自然災害の教訓から対策がとられてきていること、自然災害及び防災について研究の進歩から様々な分野の考察がなされ実践されてきていることが挙げられる。しかし、今の対策が万全というわけではなく、1995年の阪神淡路大震災のように、ひとたび都市部での被災や大規模な災害が発生すると実施されている防災対策では対処しきれず大きな被害を受けてしまうことが明らかとなった。2011年の東日本大震災のように最初に起こった自然災害だけでなく、二次災害によって大きな被害が生じた災害例もあるため、二次災害についても注意する必要がある。
ハザードマップや警戒レベルなど、防災の仕組みは整えられてきているが、自分の身を自分で守るためには日ごろから防災について意識していかなければならない。


2)災害をもたらす台風の予測精度向上を目的としてd4PDF過去実験を用いて台風発生の遠隔影響について統計的に解析を行った。
d4PDF過去実験60年間分100メンバで台風はのべ18万個以上発生している。台風を発生環境別6パターンに分類し、1月毎の海面水温と60年海面水温平均値の差、台風の発生数・偏差と海面水温の相関に対して遠隔影響の検出を試みた。
1月毎の海面水温は60年間の月別平均値に比べて最大±6℃の差が生じた。海面水温と台風発生数の相関係数が±0.3以上といった場所がほとんどなく弱い相関ではあったが遠隔影響が表れている地域を検出した。
台風発生数・標準偏差と海面水温の間には相関関係が算出され、遠隔影響があることを示唆している。


3)気象教材の開発を目的として、台風Hagibisや爆弾低気圧を対象にした3D動画を作成した。slp,epot,cldmiなどの変数を用いて10事例以上の動画を作成し、課題を見つけて改善した。最終的にHagibisの動画で雲の可視化に成功し、視点が移動していく動画を作成することが可能になった。
Hagibisの動画は大日本図書さんにテロップの挿入などの編集を加えていただき、最終的に「soraのタネ」コンテンツに掲載していただいた。普段見ている空の視点に近づけた関東の地上動画など、同じ気象現象でも視点を変えての動画は多角的な面から気象現象を考察することにつながるのではないかと考えている。
動画作成で使用したWRF、AVSの長所は自分の指定した範囲・時間でシミュレーションし、変数、視点を調整することで3次元的に動画を作成することができる点にある。本研究が今後の気象研究、理科教材としての3D動画教材開発の一助となれば幸いである。


今後の課題
1)自然災害の対策は行われてきているが保険金の支払いなど被害はまだ大きい。現状に満足せず実施可能な対策を検討・実行する。
2)d4PDF上でも台風は発生している。北東太平洋の台風発生数・標準偏差と海面水温の間には相関関係があるがその因果関係については検討の必要がある。
3)本研究では視点移動や様々な視点の3D動画を作成した。理科教育に使用するにはまだ課題があり、状況設定などさらなる改善の必要がある。


4)謝辞


そして台風動画の作成にはサイバネットシステムの松本様にメールでアドバイスをいただきました。自分の表現不足で説明に至らぬ点が多々ありましたが1つずつ丁寧にご返答いただき、台風動画の作成を遂行することができました。ありがとうございます。
大日本図書株式会社営業部の関根靖弘様、総合企画課の小林真人様のお力添えにより、自分の拙い台風動画に説明を加えていただき、素晴らしい動画に編集していただき、誠に感謝しております。
そして、今回の研究にあたり聞き取り調査への解答や指導案の添削を頂いた現職の教員の方々。現場ならではの視点を頂き誠にありがとうございます。
最後に研究室のメンバー、卒業された先輩方、自分に関わっていただいたすべての皆様に感謝申し上げます。ご迷惑をおかけすることも多々ありましたが、いろんな面でサポートしていただき、本当に助かりました。
本研究では課題も残りましたが、今後の発展に寄与していただければ幸いです。

外部リンク
サイバネットシステム AVS
大日本図書デジタルデータバンクsoraのタネ
大日本図書デジタルデータバンク

2022/03/25 古田