回転水槽を用いた台風構造の再現実験

2022年3月
筆保研究室  菱沼美咲




研究目的・背景

   本研究の目的は,本来は地球大気の大循環を研究するための手法として用いられてきた回転水槽実験装置での台風構造を再現することと,台風構造の再現により発生する波動の構造解析である. 本研究では,本来の回転水槽実験の温度条件を逆転させることにより,台風壁雲付近における水平方向の温度構造,台風内部コアの傾圧性が高い環境を再現できると仮説を立てた.時間的・空間的スケールは小さいものの,水平方向の温度構造を逆転させると,台風壁雲付近の構造は地球の中緯度傾圧帯に酷似するといえる.また,台風壁雲付近の構造には,壁雲で渦度が最大になり,その内側と外側は渦度が低くなるという特徴がある.回転水槽実験でこれらの台風壁雲付近の構造を再現することにより,ひまわり8号などカメラが固定されている観測機器では確認できない,多角形壁雲の形成に大きな影響を与えている渦ロスビー波の観測が可能になるのではないかと考え,実験を行った.

図1.実際の台風の温位分布(右)と回転水槽の模式図(左)




研究手法

   実験は横浜国立大学筆保研究室にある二重回転水槽実験装置を使用して行った.台風構造の再現を可能にするため,① 渦度勾配をつけず水平方向の温度勾配のみを再現した台風実験,② 水平方向の温度勾配に加え,壁雲外側の渦度勾配を再現した壁雲外側実験,③ 水平方向の温度勾配に加え,壁雲内側の渦度勾配を再現した壁雲内側実験という大きく3つに分けて実験を行った.上記の①②③の実験に対して,水深4 cm・温度差20 ℃・実験時間10分の改良前実験,水深6 cm・温度差20 ℃・実験時間10分の改良後10分間実験,水深6 cm・温度差20 ℃・実験時間20分の改良後20分間実験,水深6 cm・温度差無し・実験時間20分の温度差無し実験,計144回の実験を行った. 回転水槽実験から得られたデータをPIV(粒子画像流速測定法)で目に見えない波動運動を可視化・解析した.それによって得られた定量的データをGrADSで作図した.GrADSでは,流線と移動速度,渦度分布,ホフメラー図を作図した.


図2.実験装置概要図

図3.二重回転水槽実験装置



結果と考察

台風実験

   台風実験により,渦度勾配がない,基本場の流れを観測することができた.温度差20 ℃の実験においては時計回りの流れ,温度差無しの実験においては反時計回りの流れを観測した.本来温度差なしにおいて波動は発生しないが,室内と流体における鉛直方向の温度差により波動が発生したと考えられる.




図4.PIV解析画像(左から水深6 cm・温度差20 ℃・実験時間10分の改良後10分間実験4,6,8 rpmの結果)


図5.ホフメラー図(左から水深6 cm・温度差20 ℃・実験時間10分の改良後10分間実験4,6,8 rpmの結果)


 

壁雲外側実験

   壁雲外側実験により,壁雲外側における渦ロスビー波と傾圧不安定波の動向を観測することができた.実験時間10分の実験と実験時間20分の実験において,発生する波動に違いがあること,また,10分時点で波動が発生しなくても20分経つと波動が発生する可能性があることがわかった.波動の伝播方向は反時計回りと時計回り両方が確認できた.温度差無し実験においては,波動が伝播しないことを確認することができた. これは,本来の反時計回りの波動と実験によって発生した時計回りの波動が釣り合ったことを示していると考えられる.温度差無しの実験は,温度勾配がないため傾圧状態ではなく,発生した波動は渦ロスビー波である可能性が高いといえる.




図6.PIV解析画像(左から水深6 cm・温度差20 ℃・実験時間10分の改良後10分間実験3,7,10 rpmの結果)


図7.ホフメラー図(左から水深6 cm・温度差20 ℃・実験時間10分の改良後10分間実験3,7,10 rpmの結果)


  

壁雲内側実験

   壁雲内側実験を行うことにより,壁雲内側における渦ロスビー波と傾圧不安定波の動向を観測することができた.実験時間10分の実験と実験時間20分の実験において,発生する波動に違いがあること,また,10分時点で波動が発生しなくても20分経つと波動が発生する可能性があることがわかった.波動の伝播方向は反時計回りと時計回り両方が確認できた.温度差無し実験においては,波動が反時計回りに伝播することが確認できた.これは,壁雲内側実験において,内側から外側に向かって渦度が高くなっており,渦ロスビー波は渦度が高い方を右に見て伝播するという理論と同じ結果を得ることができた.このことから,温度差無し実験で発生した波動は渦ロスビー波である可能性が高いといえる.




図8.PIV解析画像(左から3,5,7 rpmの結果)


図9.ホフメラー図(左から3,5,7 rpmの結果)
    




まとめ・今後の展望

壁雲外側実験,壁雲内側実験において渦ロスビー波を模擬した波動を観測することができた.また,実験時間によって波動が発生するかどうかが変化することがわかった.本研究において,台風構造を回転水槽実験において再現することができた. 今後は,まず,作業流体が室内温度の影響を受けてしまう点,実験時間中の温度制御が不完全な点などといった実験装置の問題を解決し,より正確な実験を行っていきたいと考える.実験装置の問題を解決して行った実験結果と今回得た実験結果を比較して,実験装置の不備がどの結果に影響を与えているか調べたい.また,サーモグラフィカメラを使用し,実験水槽内の温度分布の変化を観測し,実際の台風と比較していきたい.





参考文献

  

1)筆保弘徳・中澤哲夫編,2013:台風研究の最前線(上)-台風力学―,気象研究ノート第226号,日本気象学会,189pp.   
2)Fowlis,W.W. and R.Hide.,1965:Thermal Convection in a Rotating Annulus of Liquid:Effect of Viscosity on the Transition Between Axisymmetric and Non-Axisymmetric Flow Regimes. J. Atmos. Sci., 22, 541?558.   
3)Hide, R.,1969: Dynamics of the Atmospheres of the Major Planets with an Appendix on the Viscous Boundary Layer at the Rigid Bounding Surface of an Electrically-Conducting Rotating Fluid in the Presence of a Magnetic Field. J. Atmos. Sci., 26, 841?853.   
4) 板野稔久,2010:渦ロスビー波.天気,57,513-516.   
5) 舛田あゆみ,2013:二重回転円筒水槽における波動現象の研究~波動の可視化と追跡粒子を用いた解析~,卒業論文




謝辞

 本研究を進めるにあたり,横浜国立大学教育学部の筆保弘徳教授から,細やかなご指導をいただきました.
 また,本研究では,福岡大学の乙部直人助教,琉球大学の伊藤耕介准教授,気象庁気象研究所の辻野智紀博士,海洋研究開発機構の松岡大祐博士に多くのご助言,ご指導を頂きました.
 回転水槽槽実験装置を改良するにあたり,回転水槽実験に必要な道具を作成してくださったタマヤ計測システム株式会社の杉山様,星様に深く感謝申し上げます.
 本研究に携わってくださった皆様に,この場を借りて感謝申し上げます.