Introduction

 台風による海洋応答には,水温や塩分濃度,強風による高波や流速などの変化やCO2分圧やクロロフィルαの増減の化学的・生物学的反応など様々な応答がある.また台風は高潮・高波を発生させ,大きな被害を与える.本研究では,台風が海洋に与える影響を総括的に調べた.台風は海水温を低下させることで,強度の発達を抑制し,弱体化する.また大規模に海水温を変化させ,熱輸送に関わるため気候変動にも影響を与える.よって,台風による海面水温低下を理解することは,台風の予測精度向上や局所的・地球規模の変動にとっても重要である.しかし台風による海水温低下が何によって低下するのか定量的な議論は少ない.また台風の特徴を含まない海洋の状態で表される指標である海洋貯熱量など海洋から台風への影響度合いを示す指標はあるものの,台風から海洋への影響を示す指標は確立されていない.そこでその候補として本研究では,台風の特徴と海洋の状態の両方を含む指標であるMiyamoto et al. (2017)のクーリングパラメータ(Co)に着目した.
 2019年に,日本に接近した台風15号(Faxai)と19号(Hagibis)は似たような経路で同じ海域を通過したが,これらの台風の通過に伴う海面水温(SST)低下の様子は大きく異なっていた.よって,本研究ではFaxaiとHagibisを対象にCoの現実の台風に対する詳細な解析の検証およびCoと高解像度海洋モデルを用いることで,FaxaiとHagibisによる海面水温低下の違いを台風の特徴を考慮して定量的に明らかにすることを目的とした.
 台風通過前後4日間差では,Faxaiでは局所的に2℃未満の低下であるのに対し,Hagibisでは広範囲に2℃以上の低下がみられた.Coの平均値はFaxaiで1.6,Hagibisで3.6であり, Hagibisの方がSSTは冷却されやすく,観測結果と整合的であることが示された.HagibisによるSSTの冷却に対する海洋条件の影響はFaxaiの2.6倍であり,Hagibisが通過する海洋は冷えにくいが示された.しかし,Hagibisの台風の特徴の影響はFaxaiの4.8倍であり,Hagibisによる海面水温の冷却がより大きいことが示された.台風の特徴については最大風速と移動速度に大きな違いはなく,R15やRMWが大きく違っていたため,特にHagibisの特徴のうち,水平方向の大きさが最も効率的に海水温の冷却に影響を与えていることがわかった.Coは海水の移流効果を推定するものではないが,台風による海面水温の低下を推定するための指標として有用であることが示唆された.
  

図4:海面水温低下と混合層の概要およびFaxaiとHagibisの通過前後,4日間の海面水温差

    

図5:海洋冷却のメカニズム

    

図6:台風と海洋間の指標の概要

 

図7:FaxaiとHagibisの赤外画像及び気象庁ベストラック

 
 

Method

 

本研究では,高解像度海洋モデルとクーリングパラメータ(Co)を組み合わせることにより,台風による海洋冷却の定量化を試みた.

 

 

 

 

図11:クーリングパラメータの計算と補間法

Result

海洋モデルによる海面水温変化,北緯29度における鉛直水温変化,Coの解析結果(バルク・時間変化)を示す.


 

図14:ひまわり8号による衛星観測及び海洋モデルによる
FaxaiとHagibisの通過前後4日間のSST差.
Faxaiは9月6~10日,Hagibisは10月8~12日.


 

図15:Faxai(上段)とHagibis(下段)の通過に伴う
北緯29度における海水温偏差.
黒丸は北緯29度における位置.
赤丸はその時間での台風の位置.

    クーリングパラメータ結果


     

     

    図16:クーリングパラメータの計算領域


     

    図17:Co海洋項の分布


     

    図19:CoとΔSSTの関係.ΔSSTは通過時,通過時から6,9,12,24時間後の水温差を用いている.
    Faxaiを赤,Hagibisを青で示している.


     

    図19:ΔSST,Co,Coの台風項,Coの海洋項の時間変化.
    実線:Faxai,破線:Hagibis.


     

    図20:Faxai(赤)とHagibis(青)の特徴の違い.
    (R15,RMW,最大風速,移動速度)

     

    図21:Faxai(赤)とHagibis(青)における
    Coの台風項と台風の特徴の関係.
    (R15,RMW,最大風速,移動速度)

     

Discussion

 

Coの結果をTCHP(海洋貯熱量)と比較を行った.

 

 

図22:CoとTCHPの比較.

 

Conclusion

    

まとめ

 本研究は台風が海に与える影響を海洋応答,高潮,高波を総括的に調べた.本HPでは,クーリングパラメータと海洋モデルを用いた台風通過に伴う海面水温の定量化についてであったが,ここではほかの成果についても簡単にまとめる.台風による海洋応答に関して,海面水温低下についてはクーリングパラメータを用いて,実際の台風に適用し,詳細な解析を行うことで定量化した.CoとΔSSTの間で相関があったことにより,Coは実際の台風に対しても適用でき,台風から海洋への影響度合いの指標として有効であることが示唆された.今回のFaxaiとHagibisの事例ではHagibisの方が海洋の広範囲かつ深いとこまで影響し,海面水温がFaxaiより低下していることが海洋モデルによって示された.この結果をCoの台風(typhoon characteristics)と海洋(ocean conditions)の項で分けることによって,何が効いているのか明らかにした.その結果,海洋は実際よく冷えていたHagibisの方が冷えにくい海であり,台風の特徴(typhoon characteristics)がFaxaiよりもとても大きく,Hagibisは海洋を冷やすポテンシャルが大きいことがCoによって示された.さらにFaxaiとHagibisで最大風速および移動速度に大差がないことから,サイズが海面水温低下に寄与していることが示された.TCHPとの比較によって,海洋だけでなく台風の特徴も含んだCoは,台風海洋間の指標として重要であると示唆された.
 水温変化以外の海洋への影響を調べることで,FaxaiとHagibisでは大きく異なることが示された.塩分濃度変化については,海水温ほど大きな応答はなかったが降水の影響を考察できた.また流速変化や潜熱・顕熱フラックスなどの強度,範囲,特徴が大きく異なることから海洋応答と台風強度への影響など今後の課題が見つかった.
 東京湾の水温.塩分濃度の変化から,外洋では台風の通過に伴って,海水温の方が顕著に変化するが,東京湾のように浅く閉じたところでは海水温変化よりも塩分濃度変化の方が顕著であり,かき混ぜよりも降水の影響があることが示された.
 2020年台風第9号(Maysark)と2020年台風第10号(Haishan)の通過に伴う海水温変化より,2つの台風は期間が空いていないため,HaishanはMaysarkによる海水温低下の影響を受けている可能性があり,詳細なCoの解析及び,さらなる台風と海洋の関係を理解するための良い事例として示唆された.
 理想台風モデルを用いた高潮シミュレーションの結果は気象モデルを用いた結果と比較的整合的であり,計算コストが低いため,簡易的な高潮の最大潮位偏差の見積もりには有効であることが示唆された.
 台風経路アンサンブルシミュレーションを用いた高波モデル結果の最大有義波高より,高波ハザードマップを開発した.高波被害は高潮被害と合わせての理解が必要であるため,網羅的なハザードマップにしていきたい.

今後

 本研究ではCoが現実の台風に対しても詳細な解析ができることが示された.しかし今回は2事例のみの解析であったため,一般的な理解は程遠い.よって今後,解析事例を増やすことで一般的な理解を進める.第一として,今回海水温低下の結果と簡易的なCoの計算を行ったMaysakとHaishanについて,詳細な解析を進めたい.またCoの適用領域について今回は台風の中心として,2度四方内の16点で平均を行ったが,さらに範囲を広げた解析や,先行研究や今回の結果から,台風の進行方向右側に領域を絞った解析を行いたい.
 海面水温低下にサイズが効いていることが示されたが,サイズの影響が物理的に海洋へどのように影響を与えているのかはたどり着いていない.FaxaiとHagibisの通過に伴う流速変化を示したが,海水温低下との関連は調べていないため,流速変化が海洋に与える影響を理解したい.また,潜熱・顕熱フラックスや乱流エネルギーについては,FaxaiとHagibisの通過に伴う変化を見ることだけにとどまっている.これは台風海洋間の海面素過程とも密接であり,台風の発達過程において重要な要素となる.また海水温低下を考慮したフィードバック機構を支配する台風下の大気海洋間の運動量および熱輸送は,大気・海洋・海面(波浪)の状態に依存した複雑な物理過程であり未解明な部分が多い.例えば,海面での熱輸送を決定する熱交換係数は台風の急発達を支配し,最大強度に20 hPa以上の誤差を与えるため,強風下における大気から海洋への運動量輸送量は最大クラスの高潮水位・高波波高の推定へも直結する.しかし,現状の大気・海洋結合モデルでは,運動量輸送の取り扱いは物理的に不十分であり,波浪の影響は無視されているか非常に簡易なパラメタリゼーションが用いられている.また海面素過程が非常に簡略表現されているため,海洋表層の構造変化の表現も十分でない.したがって,大気海洋境界である海面素過程とその大気海洋相互作用の簡略表現は,台風強度や台風災害の予測精度低下の大きな一因となっている.
  以上より,台風下の大気海洋相互作用(台風-海洋相互作用)とこれによる海洋構造変化を解明することは,台風強度予測や災害評価の精度向上につながる.特に台風下の強風条件における大気海洋間における熱および運動量輸送の海面素過程の理解と詳細なモデル化が最重要である.これは台風の急発達や強度予測,高潮・高波災害の評価に直結する.本研究では海面水温低下を主に,台風が海洋に与える影響を調べたが,それだけでなく,台風下の海面水温低下や波浪を考慮し,台風にどのように影響を与えるのか台風海洋相互作用での理解を深めるために,本研究を発展させたい.

Appendix

  

Acknowledgment

 本研究を進めるにあたり,多くの方々にご指導ご鞭撻を賜りました.指導教官の筆保教授,海洋研究開発機構の田中裕介氏.防災科学技術研究所の飯塚聡氏,慶應義塾大学の宮本佳明准教授には多くの議論を重ね,様々なことを指導していただき,大変お世話になりました.無事,修士課程の研究成果をまとめることができました.心より感謝申し上げます.新学術領域研究「変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot」に参加させていただき,領域代表者野中正見氏をはじめ様々な研究者と議論することができ,とても成長することができました.

Presentations

1. 飯田康生,筆保弘徳,田中裕介,MRI.COM-東日本太平洋沿岸モデルを用いた2019年台風15号と19号による海洋環境変化,新学術領域研究台風 に関する合同会議,オンライン,2020年12月.(口頭発表)

2. 飯田康生,筆保弘徳,田中裕介,飯塚聡,宮本佳明,高解像度海洋モデルとクーリングパラメータ―を用いた台風による海洋水温変化の事例,新学術領域研究A01-1班第4回会合,オンライン,2021年2月.(口頭発表)

3.飯田康生,筆保弘徳,田中裕介,飯塚聡,宮本佳明,高解像度海洋モデルとクーリングパラメータ―を用いた台風による海洋水温変化の検討,新学術領域研究Hotspot2第2回領域全体会議,オンライン,2021年3月.(ポスター発表)

4. 飯田康生,筆保弘徳,田中裕介,飯塚聡,宮本佳明,2019年台風15号(Faxai)と19号(Hagibis)による海洋変化,日本気象学会2021年度春季大会,オンライン,2021年5月.(口頭発表)

5. Iida K., H. Fudeyasu, Y. Tanaka, S. Iizuka, Y. Miyamoto. Oceanic environmental change due to Typhoon Faxai(T1915) and Hagibis(T1919), Japan Geoscience Union 201(JpGU2021),onlin, June, 2021. (oral)

6. Iida K., H. Fudeyasu, Y. Tanaka, S. Iizuka, Y. Miyamoto, Considering sea surface temperature change due to Typhoon Faxai(T1915) and Hagibis (T1919) using a high resolution ocean model and cooling parameter, International workshop for mid-latitude air-sea interaction, Online, June, 2021. (poster)

7. 飯田康生,筆保弘徳,田中裕介,飯塚聡,宮本佳明,Faxai(2019)およびHagibis(2019)による海面水温低下の解析,台風研究会2021「台風予報と防災情報に関する研究集会」,オンライン,2021年9月.(口頭発表)

8. 飯田康生,筆保弘徳,田中裕介,飯塚聡,宮本佳明,Faxai(2019)およびHagibis(2019)による海面水温低下の解析,日本気象学会2021年度秋季大会,三重大学,2021年12月.(口頭発表)

9. 飯田康生,筆保弘徳,田中裕介,飯塚聡,宮本佳明,Faxai (2019)とHagibis (2019)の通過に伴う海洋変化の解析,新学術領域研究Hotspot2第3回領域全体会議,オンライン,2022年3月.(ポスター発表)

Award

1. 若手発表賞,新学術領域研究Hotspot2第3回領域全体会議