高解像度シミュレーションを用いた台風制御の考察

2022年3月
筆保研究室  稲垣滉




1)研究目的・背景

   現在では防災の観点から気象制御よりも、熱帯低気圧の予報精度の向上、高精度予報の活用の研究に注力されている。このような方向に防災がシフトした理由として、①制御にあたって様々な制約があり、実験に適した熱帯低気圧の数が少ないこと、②現実の気象への介入により進路の急変など思わぬ結果が出ることを懸念する意見があること、③各国の利害調整等が難しいこと、④国家で考えを統一することが難しいこと、⑤台風は雨を供給する側面もあり、雨量の減少で困る人がいること、⑥制御法を確立するのが難しいこと、⑦制御効果の評価が難しいことが挙げられる。
一方で、現在はシミュレーション精度や観測精度が向上し、上記の問題点も解消されつつある。シミュレーションを用いることであらゆる台風に対して仮想的に人工制御を行うことが可能であり、同様に制御評価もコントロールランとの比較で可能である。国内外の台風制御への理解は依然として壁となっているが、現在、台風制御についての広報活動が国内を中心に行われており、徐々に国民にも浸透しつつある。このような状況において未だ解決されず課題となっているのが、台風制御理論の確立である。本研究では、この台風制御理論の確立を目的として、様々な仮説を立て、シミュレーションを用いて台風制御を行い、制御効果の評価を行った。

図1.台風制御の実現に必要な要素




2)研究手法

領域気象モデルWRF

   台風通過時の大気場をシミュレーションする数値モデルとしてWeather Research and Forecasting Model(WRF-ARW)Version4.2.1(John Collins et al. 2020)を用いた。WRF-ARWは、米国大気研究センター(NCAR)が中心となり開発した3次元完全圧縮非静力学モデルである。WRFはこれまでにも国内問わず多くの台風研究で利用されており、その再現性には実績がある。本研究では、後述する令和元年台風15号(Faxai)を対象にWRFを用いた仮想台風のシミュレーションを実施した。

実験対象とした台風事例

   人為調節に際して、台風の強度変化から被害を試算するために、日本付近に接近し、大きな被害をもたらした台風事例を選択する必要がある。また、制御の影響による進路変化についても評価するため、進路が迷走している台風事例は除外した。さらに、制御の影響による構造変化についても評価するため、できるだけ眼などの構造がはっきりしている台風事例を選択する必要がある。
以上の条件から2019年台風15号(Faxai)を実験対象として選択した。令和元年台風15号は日本時間2019年9月6日3時頃に南鳥島付近で発生し、7日から8日にかけて小笠原近海から伊豆諸島付近を北上した。さらに9日3時前には三浦半島付近を通過して東京湾を北上し、5時前に強い勢力のまま千葉県千葉市付近に上陸した。その後は、茨城県沖に抜け、日本の東海上を北東に進んだ。最低気圧は955hPa、最大風速は85knotsを記録し、暴風域の最大半径は110km、強風域の最大半径は330kmであった。非常に強い勢力を保ったまま関東に接近したため、千葉市で最大風速35.9m/s、最大瞬間風速57.5m/sを観測するなど、関東地方を中心に19地点で最大風速の観測史上1位の記録を更新する台風となった。内閣府より報告されている被災状況は、道路・鉄道に関しての被災はなかったものの、港湾施設ではコンテナ崩れ、暴風による大規模な倒木や土砂崩れ、また鉄塔の崩壊などの影響により電力最大供給支障戸数は約934,900戸、河川では河岸浸食、護岸損傷、土砂災害が77件生じた。また、大きな被害をもたらした2019年台風19号(Hagibis)や2018年台風21号(Jebi)と比較すると、同程度の中心気圧であるものの、最大風速半径に関しては他に比べて小さく、2019年台風15号(Faxai)は勢力が強く、かつ、コンパクトな台風であったと言える。(鈴木, 2020)



図2.2019年台風15号(Faxai)のベストトラック地図(参考:デジタル台風)


図3.2019年台風15号(Faxai)の中心気圧時系列グラフ(参考:デジタル台風)     

実施した制御方法と評価

   実施した制御方法はいずれも台風の構造に着目し、勢力の減衰に寄与すると予想されるパラメータの変更を行った(表1)。制御方法ごとにShot No.を割り当てた。解析ではそれぞれのランにおいて、海面気圧、最大風速、最大風速半径、強風域半径、arwind15、トラック、経路の経度差、台風中心から140km半径の円内降水量平均を算出した。arwind15は風速15m/s以上の領域における、任意地点の接線風速と中心からの距離の積の累積で表す無次元のエネルギー量である。個々のランでの台風の風によるエネルギーを相対的に比較するために、本研究において独自に設定したパラメータである。結果は①強度(海面気圧、風速)、②被害範囲(R15)、③進路変化、④降水量の4つの観点で評価した。制御の観点から、意図しない進路変化はデメリットになりえるため、ここでは進路変化が小さいほどよいものと評価している。

表1.適用した制御方法と想定される影響
    

リアルタイム被害予測ウェブサイト cmap

   cmapはエーオングループジャパン株式会社と横浜国立大学の産学共同の研究から誕生した、台風、豪雨、地震による被災建物棟数を予測し一般公開するサイトである。台風は上陸前から(最大7日先まで)、豪雨、地震による被害が発生した際は被災直後から被災建物棟数、被災件数率を市区町村ごとに予測し、地図上に表示する。さらに、日本中すべての建物が火災保険、地震保険に加入していると仮定して、保険金の支払い対象になる可能性がある件数をカウントすることができる。本研究ではcmapを用いて、効果的な制御方法を適用した際に軽減される被害を評価する。(参考:あいおいニッセイ同和損保)

表2.被災建物数、被災件数率の判定基準(参考:あいおいニッセイ同和損保)



3)結果と考察

   適用した8つの制御方法はいずれも台風の強度や被害範囲、進路、降水量に影響を与えた。水分量の減少(Shot 1.)や海表面の冷却(Shot 7.)では強度や被害範囲の大きな減少が見られた一方で(図4~7)、制御の規模を大きくするほど進路変化が大きくなった(図8,9)。


図4.最大風速の変化(水分量の減少)(制御時刻2019/9/6/00UTC)


図5.最大風速の変化(海表面の冷却)(制御開始時刻2019/9/6/06UTC)


図6.強風域半径の変化(水分量の減少)(制御時刻2019/9/6/00UTC)


図7.強風域半径の変化(海表面の冷却)(制御開始時刻2019/9/6/06UTC)


図8.進路変化(水分量の減少)(制御時刻2019/9/6/00UTC)


図9.進路変化(海表面の冷却)(制御開始時刻2019/9/6/06UTC)     

上層の水蒸気、水散布(Shot 3.)と下層の冷却(Shot 6.)は強度の減少と増加の両方に寄与した(図10,11)。


図10.最大風速の変化(上層の水分量、水散布)(制御時刻2019/9/6/00UTC)


図11.最大風速の変化(下層の冷却)(制御時刻2019/9/6/00UTC)     

上層の加熱(Shot 4.)や外側壁雲の加熱(Shot 5.)は若干の強度変化は見られたものの、ほとんど影響がなかった。

眼の冷却(Shot 2.)と眼への氷散布(Shot 8.)は眼の冷却という点で台風に与える影響が類似しており、強度変化も似た傾向を示した(図12,13)。それぞれ一時的に強度が減少し、被害範囲と進路の変化は見られず、降水量も大きく変化しなかった。デメリットがほとんどなく、台風の眼のみを冷却することで強度減少も得られることから、制御としては安定していると考えられる。一方で、強度変化が一時的で台風中心付近でしか起こらないことから、日本に上陸する進路の台風に対して、上陸直前に制御を与えないと、強度減少の効果を最大限受けることができないことが考えられる。このことから、制御としての安定性に優れた眼を冷却したランの中から、上陸時の強度減少に最も寄与したと考えられる9/8/00UTCに制御を与えたランについて、被災建物棟数推定モデルcmapを用いて被害想定を行った。


図12.最大風速の変化(眼の冷却)(制御時刻2019/9/6/00UTC)


図13.最大風速の変化(眼への氷散布)(制御時刻2019/9/6/00UTC)

cmapを用いた被害推定結果では、コントロールランと比較した眼-5℃ランの建物被害件数が全国計で24%減少し、特に神奈川県では34%の減少と制御効果が明確に表れた。このことから、眼の冷却は台風強度の減少だけでなく、被害軽減にも寄与すると考えられる。     


図14.眼-5℃ランの補正済み最大風速とCLT3(コントロールラン)の最大風速を用いて推定した建物被害件数




5)まとめ

強度

・実施した複数のシミュレーションで、制御による強度の減少が見られた。
・強度が減少した後に増加に転じる実験も見られた。
・減少した強度は時間経過で回復した。
・台風の発達段階の初期に制御するほど、強度が減少した。

勢力範囲

・台風の構造が崩れた制御ほど勢力範囲が減少した。
・台風の発達段階の初期に制御するほど、構造が変化した。

進路

・台風の構造が大きく変化した制御は、進路が大きく変化した。

降水量

・台風の構造が大きく変化した制御は、降水量が減少した。

建物被害 cmap

・台風の眼を5℃冷却すると、建物被害が全国で24%減少した。

今後の課題

本研究で行った制御方法を複数の台風事例で同様に実施し、台風ごとの制御効果の違いを検証するとともに、制御効果の一般化を図り、実用的な制御方法を模索することが課題となる。



参考文献

  

1)鈴木崇之, 2020 : 2019年台風15号(Faxai)による沿岸災害の概要. 消防防災の科学, No.140, 27-32   
2)あいおいニッセイ同和損害保険 : リアルタイム被害予測ウェブサイト cmap(アクセス:2021/11/25)   
3)国土交通省気象庁 : 台風201915号(FAXAI)[令和元年房総半島台風] – 総合情報(気圧・経路図). デジタル台風(アクセス:2021/11/21)




謝辞

 本研究を進めるにあたり、横浜国立大学教育学部の筆保弘徳教授は、研究テーマの決定から卒論完成に至るまで細かなご指導をいただきました。 また、台風科学技術研究センターの清原康友様には、シミュレーションの進め方や解析ツールの使用方法などについて、幾度となく説明・助言をいただきました。 また、Hongyuan Li様(Aon Group Japan株式会社)、多嘉良朝恭様(あいおいニッセイ同和損害保険株式会社)には被害推定データの提供をお願いいたしました。 また、本研究は、ムーンショット型研究開発事業ムーンショットミレニアの支援を受けて行われました。また、チームタイフーンショットのメンバーにも有益なご助言などを頂きました。  皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。