台風経路アンサンブルシミュレーションを用いた日本の沿岸における高波リスクの算出

2022年3月
筆保研究室  鈴木創太




1)研究目的・背景

    台風に伴って発生する高波は、発生すると堤防などの護岸施設や橋などの交通インフラの破壊や、家屋の浸水などの被害が発生するため対策が必要である。しかしながら、台風の接近事例が少ない地域などでは被害予測が難しいため、防災対策をすることが難しいことが考えられる。
そこで本研究は、
①気象庁波浪モデル(MRI-Ⅲ)のインプットデータに気象モデルの台風を用い、台風TRAMIとJEBIを対象に波浪モデルの波浪モデルの計算精度を検証する。
②気象モデルと台風経路アンサンブルシミュレーションの手法を組み合わせ、台風VERA、台風warm_VERA、台風JEBI、台風TRAMIを対象に、台風接近によって発生する本州南岸、四国、山陰、九州の最悪経路の最大有義波高を算出し、台風経路や海岸地形による有義波高の影響の受け方を調べる。
③台風VERA、台風warm_VERA、台風JEBI、台風TRAMIを対象に、大滝(2021)で算出された高潮リスクと、本研究で算出した高波リスクを比較し、それぞれの特徴や高潮と高波を合わせた際の危険地域を調べる。
④本研究のアンサンブルシミュレーションの結果を基にハザードマップを作成し、ホームページを利用してそのリスクを社会に伝えることを目的とした。



図1:台風JEBIによる高知県安芸市の高波の様子(参照:産経フォト)


2)研究手法

計算対象とした台風事例

   本研究では、以下の台風事例を計算対象とした。
①1959年台風15号(VERA)
1959年9月21日に発生した台風15号(VERA)は、26日18時過ぎに潮岬の西15 kmに上陸し、13分には潮岬で最低気圧930 hPaを観測した。暴風域は半径300 kmに達していた。VERAの進路は、伊勢湾西部と伊勢湾内に高潮を起こす上で最悪のものであった。(間瀬ほか,2011)
②2018年台風21号(JEBI)
2018年8月28日に発生した台風21号(JEBI)は、8月30日には915 hPaにまで発達し、54 m/s以上の猛烈な勢力を持つ台風に成長した。JEBIは伊勢湾台風と比較的似た経路で北上し、その後、淡路島や神戸を通過した。台風21号は上陸時の移動速度も速かったため、近年にない強風、高潮・高波をもたらし、近畿を中心とした広範囲に大きな被害をもたらした。
③2018年台風24号(TRAMI)
2018年9月21日に発生した台風24号(TRAMI)は、非常に強い勢力で日本に接近し、和歌山県田辺湾の湾口に位置する田辺中島高潮観測塔に最接近した9月30日20時には960 hPaになったものの、勢力を保ったまま通過した。
④Kanada et al.(2017)の疑似温暖化実験による温暖化時伊勢湾台風(warm_VERA)のシミュレーション結果
伊勢湾台風の疑似温暖化実験では、GCM20 kmの出力データにより、将来の気候値から現在の気候値を引くことで大気と海水温の温暖化差分を作成し、その差分を長期再解析値JRA55に足して温暖化シナリオを疑似的に再現している



図2.1959年台風15号(VERA)のベストトラック(参考:デジタル台風)


図3.2018年台風21号(JEBI)のベストトラック(参考:デジタル台風)


図4.2018年台風24号(TRAMI)のベストトラック(参考:デジタル台風)

台風経路アンサンブルシミュレーションと気象モデル

    本研究では、山崎ほか(2017)の台風経路アンサンブルシミュレーションを用いた。この手法は、数値シミュレーション上で緯度を初期値で固定し、台風場を含む大気場を東西にずらすことで、対象とした台風の実際の経路を作為的にずらしながら、物理方程式に基づく大気場が得られる。気象モデルにはWeather Research and Forecasting Model(WRF-ARW) Version 3.6.1 (Skamarock et al. 2008) を用いている。WRFは、米国大気研究センター(NCAR)が中心となり開発した3次元完全圧縮非静力学モデルである。WRFは、これまでにも国内外問わず多くの台風研究で利用されており、その再現性には実績がある。

波浪モデル

    波浪モデルには、気象庁波浪モデル(MRI-Ⅲ)を用いた。本研究では、日本近海(55 km格子)、日本沿岸(1.67 km格子)の領域で計算を行い、解析には日本沿岸の計算結果を用いた。また、初期値は静穏スタートとし、計算時間はWRFによる各台風の計算時間と同様とした。



図5:VERAの波浪シミュレーションを行った経路

図6:JEBIの波浪シミュレーションを行った経路

図7:TRAMIの波浪シミュレーションを行った経路

図8:warm_VERAの波浪シミュレーションを行った経路

3)結果と考察

波浪モデルの計算精度検証

    波浪モデルの計算精度の検証では、TRAMIとJEBIともに実際の観測結果よりも過小に最大有義波高が推算された。一方で、最大有義波高が算出された時刻と実際の観測結果のピーク時刻は概ね合っていた。本研究では波浪モデルの計算開始の設定を静穏スタートとしたため、台風が日本に接近する前のうねりの影響が反映されにくかったと考えられる。また、台風接近後は概ね観測結果と一致していた。



図9:高知県室戸岬沖における台風JEBIの波浪シミュレーション結果と実際の観測結果(GPS)との比較

台風JEBIにおける和歌山県潮岬と三重県伊勢市のアンサンブル結果

    潮岬におけるアンサンブルシミュレーションでは、直撃よりも西側のコースで最大有義波高のピークが算出された。潮岬はほぼ南向きの海岸線となっているため、台風が潮岬の西側を通過した際に風の影響を大きく受け、それに伴う風波によって高い有義波高が算出されたと考えられる。
伊勢市におけるアンサンブルシミュレーションでは、直撃よりも東側のコースで最大有義波高のピークが算出された。伊勢市は伊勢湾内に位置し、北東向きの海岸線となっているため、台風が伊勢市の東側を通過した際に台風による風が強くなり、それに伴う風波によって高い有義波高が算出されたと考えられる。また、潮岬と比べて狭い海域に位置しており、また北東向きの海岸線のため、風波の影響が小さく、有義波高が低く算出されたと考えられる。



図10:台風JEBIにおける潮岬でのアンサンブル結果

図11:潮岬において、JEBIが最悪コースを通過する際に最大有義波高が算出されたときの気圧、風向、風速

図12:台風JEBIにおける伊勢市でのアンサンブル結果

図13:伊勢市において、JEBIが最悪コースを通過する際に最大有義波高が算出されたときの気圧、風向、風速

台風経路アンサンブルシミュレーションと波浪モデルを用いた台風経路による高波リスクの算出

    高波リスクの算出では、紀伊半島沿岸や四国南岸、房総半島南岸などの海洋に広く面した海岸地点や半島の先端部では、最大有義波高が比較的高く算出された。一方で、瀬戸内海沿岸などの狭い海域に面した海岸地点や、東京湾や駿河湾、伊勢湾、三河湾などの湾奥部、山陰地方沿岸などの北・北西向きの海岸地点では、最大有義波高が比較的低く算出された。海洋に広く面した海岸地点や半島の先端では、吹送距離が長く、風波が発達したり、外洋からうねりが入ってきたりしやすいため有義波高が高く算出されたと考えられる。瀬戸内海沿岸などの狭い海域に面した海岸地点や湾奥部などでは、吹送距離が短く、風波が十分に発達しなかったり、外洋からのうねりが入ってきたりしにくいため有義波高が低く算出されたと考えられる。

図14:台風VERAにおける本州南岸の最悪経路での最大有義波高

図15:台風VERAにおける最悪経路での最大有義波高マップ

図16:台風VERAにおける最悪経路での最大有義波高マップ

   台風VERAとwarm_VERAにおける本州南岸での最悪経路の最大有義波高の比較では、ほぼすべての沿岸地点において、warm_VERAの最大有義波高がVERAの最大有義波高を上回っており、全地点を平均すると最大有義波高は1.2倍ほどになっていた。最大有義波高が1.2倍以上になった地点は主に瀬戸内海沿岸や湾内になっている。この原因として、元々の伊勢湾台風の最大有義波高が比較的低かったため、疑似温暖化で風速が大きくなることによる波高の増加が影響しやすいことが考えられる。また、このことから疑似温暖化による最大有義波高の増加は、高さで見るとどの地点でも一定になることが考えられる。

図17:台風VERAとwarm_VERAにおける本州南岸の最悪経路での最大有義波高

高潮リスクと高波リスクの比較

    高潮リスクと高波リスクの比較では、最大有義波高が比較的高く算出された紀伊半島沿岸や房総半島南岸などの海洋に広く面した海岸地点や半島の先端では、最大潮位偏差は低くなり、反対に、最大有義波高が比較的低く算出された瀬戸内海沿岸などの狭い海域に面した海岸地点や、東京湾や駿河湾、伊勢湾、三河湾などの湾奥部では最大潮位偏差は高かった。これらの結果より、最大有義波高と最大潮位偏差では好条件に違いがあることが分かる。また、高波リスクと高潮リスクを合わせたリスクを、パターン別に地図で示した。東京湾の湾口部、相模湾の西側の海岸、駿河湾の東側の海岸、和歌山湾の湾口部では高潮・高波ともにリスクが低かった。高波はうねりの影響を受けやすい外洋に面した広い海域周辺の地点で、台風の風の影響を受けやすい南向きの海岸地点で高くなる傾向がある。高潮は水深が浅くかつ吹送距離が十分な地点で高くなる傾向がある。高潮と高波が高くなる条件に当てはまらない、水深が深く東西に面した海岸地点で高潮と高波ともにリスクが低くなったと考えられる。



図18:台風VERAにおける本州南岸の最悪経路での最大有義波高と最大潮位偏差

図19:高波・高潮ともにリスクが高い地点

図20:高波リスクが高い地点

図21:高波・高潮ともにリスクが低い地点

図22:高潮リスクが高い地点

図23:相模湾・駿河湾周辺の親ドメインの海底地形

高潮リスクハザードマップの作成

   蔭山(2021)のHP「全国台風ハザードマップ」に日本の各沿岸地点のアンサンブルシミュレーションの結果を掲載した。また、その沿岸地点における最悪経路も掲載し、どの経路を台風が通過した時に高波リスクが高くなるのかが視覚的に分かりやすくなっている。このHPを活用することで実際に台風が接近した例がなかったり、少ないような地域でも高波リスクを知ることができ、その地域住民の防災意識を高めたり、児童生徒への防災教育にも役立つことが期待できる。



図24: 全国台風ハザードマップの大阪府関西空港のページ



4)まとめ

波浪モデルの計算精度の検証

   台風接近までは有義波高は観測データとは合っていなかったが、通過後は概ね合っていた。また、最大有義波高を記録する時刻は合っていた。

台風経路アンサンブルシミュレーションと波浪モデルを用いた台風経路による高波リスクの算出

   瀬戸内海などの狭い海域や湾奥部、日本海側などの北・北西に面した海岸線では最大有義波高が低かった。海洋に面した広い海域や半島の先端では最大有義波高が高かった。計算結果から、海岸線の高波リスクを算出した。

高波リスクと高潮リスクの比較

   高波リスクと高潮リスクをパターン別に地図で表した。髙波・高潮が高くなる条件にいずれも当てはまらない、水深が深い東西に面した海岸線では高波・高潮リスクが低くなると考えられる。

高波リスクハザードマップの作成

   アンサンブルシミュレーションの結果を用いて全国50地点の高波リスクハザードマップを作成し、HPに掲載した。

今後の課題

   今後は、さらに多くの台風事例に関してシミュレーションを行ったり、高解像度で計算を行ったりすることで、より詳細に高波リスクを算出していきたい。また、本研究での高波リスクの評価は波浪推算の結果のみを基にしたものであったが、各沿岸地点の過去の被害や護岸設備の設置状況を加味し、より現実的に評価を行っていきたい。




参考文献

1)大滝寿一,2021: 台風経路アンサンブルシミュレーションを用いた日本の沿岸における潮位偏差の算出,横浜国立大学教育学研究科,修士論文
2)蔭山明日香,2021: 日本における台風の被害と予測,横浜国立大学教育学部,卒業論文
3)金田幸恵,2017: 疑似温暖化実験のメソ気象研究に対する可能性
4)間瀬肇,武藤遼太,森信人,金洙列,安田誠宏,林祐太,2011: 詳細気象予測値を用いた伊勢湾台風高潮の再現実験.土木学会論文集,67(2),401-405




謝辞

本研究を進めていくにあたり、筆保教授をはじめ、気象庁気象研究所の高野洋雄様や京都大学竹見哲也先生、気象予報士の清原康友さん、いであ株式会社の和田光明様と大滝寿一様、筆保研究室の飯田康生さんなど、多くの方のご指導やお力添えをいただきました。
この場を借りて感謝申し上げます。
鈴木創太