横浜国立大学で観測される海風に関する考察

2023年3月
筆保研究室  服部未佳




研究目的・背景

   筆保研究室では、これまで神奈川県における海風の2次元構造や東京湾と相模湾からの海風の特徴が明らかになった。しかし東京湾と相模湾からの2回の海風の3次元構造の違いや、横浜国立大学を進入する2回の海風の統計的な特徴は明らかにされていない。そこで本研究では数値シミュレーションを用いて横浜国立大学に進入する2回の海風の3次元構造の違いについて明らかにすること、SORA-oシステムを用いて横浜国立大学に進入する海風の統計的な特徴を明らかにすることとした。
また教育分野において、ICT機器の使用が進む一方でデジタル教材として扱えるコンテンツが少ないことが問題として挙げられている。特に気象分野は現象が目に見えなかったり、複数の物理的な原理が違ったり、同時進行に生じていたりと複雑であることから、教材の開発を行う際は、可視化の工夫が求められている。海陸風も同様に海風が吹くことで、像時進行で複数の物理的な原理が生じている。本研究では海風の3次元構造を明らかにするため、研究結果をもとに海陸風に関する気象教材の開発の検討も行う。




研究手法

   本研究では大気場のシミュレーションする数値モデルとして、Weather Research and Forecasting Model(WRF-ARW)を用いた。WRF-ARWは、米国大気研究センター(NCAR)が中心となり開発した3次元完全圧縮非静力学モデルである。WRFはこれまでにも国内問わず多くの気象研究で利用されており、その再現性には実績がある。本研究では海風が2回のピークを迎えて横浜国立大学に進入してきた日をシミュレーションすることとした。


図1.屋上観測塔と雨量計



結果と考察

SORA-oシステムによる観測結果

   本研究では特徴的な変化が見られた2021年5月25日を取り上げた。風向は10時前後に北東から南東に変化した(以を風A)。さらに時間を進めると14時にかけて風向が南に変化した(以下風B)。風速は、5~6時は無風、風Aの時間帯は4m/s以下、風Bの時間帯は7m/s以下であった。湿度は風Aの進入とほぼ同時刻で上昇、その後減少するものの、風Bの進入で再び上昇した。気温も湿度と同様に、風Aの進入とほぼ同時刻で上昇していた気温が一時的に低下、気温の抑制が見られた。その後再び上昇するものの、風Bの進入とほぼ棒時刻で気温の低下が始まった。




図2.SORA-oによる2021年5月25日の風向の変化


図3.SORA-oによる2021年5月25日の風速の変化


図4.SORA-oによる2021年5月25日の湿度の変化


図5.SORA-oによる2021年5月25日の気温の変化


 

シミュレーション結果

   7時、11時、15時の地上2mの気温と地上10mの風である。7時は海と陸の温度差が小さく、陸から海に向かって弱い風が吹いている。11時は海と陸の温度差が大きくなり、大学には東京湾からの海風が入っている。15時は海と陸の温度差は変わらず大きく、大学には相模湾からの海風が入ってきている。これらから横浜国立大学においては午前は東京湾、午後は相模湾の海風の影響を受けていることがわかった。




図6.7時の地上2mの気温と地上10mの風の様子


図7.11時の地上2mの気温と地上10mの風の様子


図8.15時の地上2mの気温と地上10mの風の様子


  

シミュレーションによる風A

   図9と図10は気温差や湿度差を見るために、本研究で定義した風Aが進入した時刻の10分前との気温、湿度の差を示している。ここから気温の低下している位置と湿度が上昇している位置が一致している。さらに図11は高度300mにおける鉛直流を示した図では、風Aの到達と同時に陸からの風との収束が見られ、上昇流が発生している。これらのことから、風Aは東京湾からの海風であり、海風の進入によって形成された海風前線が発生していると考えられる。海風前線の通過に伴い、上昇流の発生や、気温の低下、湿度の上昇が発生したと考えられる。




図9.10時と10時10分の気温差


図10.10時と10時10分の湿度差


図11.10時10分の高度300mにおける鉛直流
    

シミュレーションによる風B

   図12、図13、図14は風Aと同様に気温差、湿度差、鉛直流を示している。ここから気温が低下している位置と逸度が上昇している位置が一致している。さらに図14では風Bの到達と同時に風Aとの収束が見られ、上昇流が発生している。これらはほとんど同じ位置に分布していることがわかる。これらのことから、風Bは相模湾からの海風であり、風Bが到達する時、風AとBの収束域が通過したと考えられる。10時の風Aでは陸との間で収束が起こっていたため、海風前線の発生と考えられたが、ここでは海風同士の収束であった。これは森田(2015)で相模湾からの海風が到達する時、東京湾と陸の温度差が小さくなることが明らかにされており、ここでは温度差の異なる海風によって、局地的な前線が形成され、上昇流の発生や気温の低下、湿度の上昇が見られたのではないかと考えられる。




図12.13時20分と13時30分の気温差


図13.13時20分と13時30分の湿度差


図14.13時30分の高度300mにおける鉛直流





まとめ・今後の展望

横浜国立大学を通過する海風のシミュレーションを行うことができた。横浜国立大学を通過する海風は2種類あり、風Aは東京湾からの海風、風Bは相模湾からの海風であることがわかった。それぞれの海風が時間差で横浜国立大学に進入することもわかった。さらに風Aについては、横浜国立大学において、東京湾からの海風の到達とともに海風前線の通過が見られた。それに伴い、気温の低下や湿度の上昇、1.0m/s以上の強い上昇流の発生があった。また風Bについては、横浜国立大学において、相模湾からの海風が到達するとき、相模湾の海風と東京湾の海風が収束域が通過した。それに伴い、温度差のある海風によって局地的な前線が形成され、気温の低下や湿度の上昇、上昇流の発生が見られた。今後は、他の日時の事例を詳しく調べることで、より詳しい海風の解析を行っていきたい。





参考文献

  

1)小倉義光,一般気象学[第2版],東京大学出版会,1999   
2)森田隆之,2016:横浜国立大学と臨港パーク間ライン上における日変化観測の研究~FARO yokoham 2015~,卒業論文   
3)デジタル庁・総務省・文部科学省・経済産業省,GIGAスクール構想に関する教育関係者へのアンケート結果及び今後の方向性について,2021 https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/digital/20210903_giga_summary.pdf




謝辞

 本研究を進めるにあたり、横浜国立大学教育学部の筆保弘徳教授から、細やかなご指導をいただきました。
 また本研究では、台風科学技術研究センターの清原康友様、株式会社サイバネットシステムの松本様、に多くのご助言、ご指導を頂きました。本研究に携わってくださった皆様に、この場を借りて感謝申し上げます。