線形モデルと非線形モデルを用いた台風制御シミュレーションによる高潮・高波抑制効果の検証

2023年3月
筆保研究室  高良拓馬




研究背景・目的

   台風制御に関する研究は昨年から始まっており、稲垣卒論(2021)では台風の勢力を減少させるのに有効な制御手法を明らかにした一方、台風の勢力を減少させたときに高潮、高波の効果が明らかでないことや複数の台風事例において台風制御の効果が一般化されていないことが現状の課題として明らかになった。 本研究では、山崎ほか(2016)が開発した台風経路アンサンブルシミュレーションの経路の違う複数の結果をインプットデータとして気象庁高潮モデル(JMA Storm Serge Model)、高波モデル(MRI-III)によるシミュレーションを行う。また、稲垣卒論(2021)の結果をインプットデータとして気象庁高潮モデル(JMA Storm Serge Model)、高波モデル(MRI-III)のシミュレーションを行い、以下の目的で研究を進めた。
①高潮モデルと台風経路アンサンブルシミュレーションの手法を組み合わせ、FAXAIとHAGIBISにおける日本沿岸の最大潮位偏差を算出する。
②高波モデルと台風経路アンサンブルシミュレーションの手法を組み合わせ、FAXAI,HAGIBIS,JONGDARI,SHANSHANの4つの台風における日本沿岸の最大有義波高を算出する。
③①と②の結果を用いて重回帰分析を行い、線形モデルを独自に作成する
④高潮モデルと台風制御シミュレーションの手法を組み合わせて、FAXAIにおける台風制御による高潮制御効果を様々な時間、制御方法でそれぞれ評価する。
⑤高波モデルと台風制御シミュレーションの手法を組み合わせて、FAXAIにおける台風制御による高波制御効果を様々な時間、制御方法でそれぞれ評価する。      
⑥③で作成した線形モデルと④と⑤で出力した結果を比較して高潮と高波の制御効果について検討する。




研究手法

  

主な研究対象とした台風

 

     2019年台風15号(FAXAI)は通称令和元年房総半島台風(以下房総半島台風)とも呼ばれており、日本政府はこの台風による被害を激甚災害に指定している。房総半島台風は2019年9月5日に発生して、8日21時には神津島付近で再発達して中心気圧955hpa・最大風速45m/sの「非常に強い」勢力の台風となった。この勢力を保ったまま房総半島台風は三浦半島に接近して9日3時には三浦半島を通過。依然勢力をほとんど落とさずに東京湾を抜けて千葉県千葉市に上陸した。房総半島台風は関東上陸時の勢力として過去最強クラスであり、水平サイズが小さかったために急激な気圧変化が各所で見られた。鈴木(2020)によれば横浜市福浦地区では最大溯上高TP(東京湾平均海面)+10.8mを記録している。

     

図1.高波被害の様子(左)とFAXAIの経路(右)

台風経路アンサンブルシミュレーションと気象モデル

 

    本研究では、山崎ほか(2017)の台風経路アンサンブルシミュレーションを用いた。この手法は、数値シミュレーション上で緯度を初期値で固定し、台風場を含む大気場を東西にずらすことで、対象とした台風の実際の経路を作為的にずらしながら、物理方程式に基づく大気場が得られる。気象モデルにはWeather Research and Forecasting Model(WRF-ARW) Version 3.6.1 (Skamarock et al. 2008) を用いている。WRFは、米国大気研究センター(NCAR)が中心となり開発した3次元完全圧縮非静力学モデルである。WRFは、これまでにも国内外問わず多くの台風研究で利用されており、その再現性には実績がある。


図2.台風経路アンサンブルシミュレーション(左)と気象モデルの結果例(右)      

気象モデルにおける台風への介入方法と介入時刻

     
       

   稲垣(2021)では初期値を気象モデルに入れ、時間積分している途中で台風への介入を行った。稲垣(2021)では介入方法の考察をおこなったが、本研究では介入時刻を変えることで台風の勢力に変化が現れるのか、制御シミュレーションを行なった。解析ではそれぞれのランにおいて、海面気圧、トラック、最大風速半径、進行速度を算出した。また、9/6/00UTC、9/7/06UTC、9/7/16UTC、9/8/02UTC、9/8/12UTCの5つの時間において制御を行い、これらの結果をインプットデータとして高潮、高波への影響の観点から、台風の発達段階に応じたふさわしい制御方法について評価する。      


図3.台風への介入の流れ

高潮モデル

     

   高潮モデルには、気象庁高潮モデル(JMA-Storm Serge Model)を用いた。使用した格子点値データセットは、Numerical Weather Prediction Grid Point Value (NWP GPVs)であり、海底地形も入力している。高潮は、沿岸の比較的水深の浅い地域における現象であることから、鉛直方向を積分して一様とした2次元モデルがよく用いられている。そこで、本研究でも2次元モデルを採用し、吸い上げ効果と吹き寄せ効果のみを計算し潮位偏差の算出を行っている。なお、本研究では、天文潮位は含めず、浸水は考慮していない。また、初期値は静穏スタートとし、計算時間は気象モデルによる各台風の計算時間と同様とした。

波浪モデル

     

    波浪モデルには、気象庁波浪モデル(MRI-Ⅲ)を用いた。。風波の発達及び減衰の物理過程としては、風によるエネルギー入力、非線形相互作用によるエネルギー輸送、砕波等に伴うエネルギーの消散の3つがあげられ、MRI-IIIではこの3つの物理過程で計算される。本研究では、日本近海(55 km格子)、東京湾沿岸(1.67 km格子)の領域で計算を行い、解析には東京湾の計算結果を用いた。また、初期値は静穏スタートとし、計算時間は気象モデルによる各台風の計算時間と同様とした。


図4.高潮モデルの結果例(左)と波浪モデルの結果例(右)      

線形モデルの作成方法

     

    本研究では線形モデルの作成には台風アンサンブルシミュレーションした結果をインプットデータとして高潮モデルや高波モデルで出力した潮位偏差や有義波高を目的変数、台風アンサンブルシミュレーションで出力した最大風速半径、進行速度、最接近時気圧、台風の経路方向、最接近時風速の5変数を説明変数として重回帰式を作成している。  潮位偏差を目的変数とする重回帰式では、台風の進行速度、最接近時気圧、台風の経路方向、最大風速半径の4変数を使用、有義波高を目的変数とする重回帰式では、最接近時風速、最接近時気圧、台風の進路方向、最大風速半径の4変数を説明変数として使用している。なお本研究においては湾口(横須賀)、湾奥(葛西)、湾東(千葉)、湾西(福浦)の4地点において比較を行い、台風によってどのような影響が出るのかを検証する


図5.線形モデル作成の流れ

図6.線形回帰式の例



結果

介入シミュレーションによる高潮モデルの結果

   9/7/06UTC、9/7/16UTC、9/8/02UTC、9/8/12UTCの4つの制御時間において水分量の減少、眼の冷却、上層への水蒸気、氷散布、海表面の冷却、下層の冷却、眼への氷散布の6つの制御手法を用いて介入シミュレーションを行い、図8は制御時刻ごとに制御なし実験からの潮位偏差の減少率を地点別にまとめた図であり、赤が減少率50%以上,黄色が減少率15%以上50%未満,灰色が減少率15%以下を示している。いずれの介入時刻においても潮位偏差が介入なし実験と比べて大きくならず、介入あり実験の9/7/16UTCに4地点の潮位偏差の平均値で減少率が最も大きくなる。また、制御実験あり実験の9/7/06UTCと9/7/16UTCではいずれの地点でも減少率が同じである。




図7.東京湾の4地点の位置


図8.介入なし実験からの潮位偏差の減少率


介入シミュレーションによる高波モデルの結果

   9/7/06UTC、9/7/16UTC、9/8/02UTC、9/8/12UTCの4つの制御時間において水分量の減少、眼の冷却、上層への水蒸気、氷散布、海表面の冷却、下層の冷却、眼への氷散布の6つの制御手法を用いて介入シミュレーションを行い、図9は制御時刻ごとに制御なし実験からの潮位偏差の減少率を地点別にまとめた図であり、赤が減少率50%以上,黄色が減少率15%以上50%未満,灰色が減少率15%以下を示している。いずれの介入時刻においても有義波高が介入なし実験と比べて大きくならず、介入時刻が遅いほど減少率が大きくなる傾向にある。また、湾口に近い地点に比べ、湾口から遠い地点で有義波高の減少率が大きい傾向にある。




図9.介入なし実験からの有義波高の減少率


高潮における線形モデルと非線形モデルの比較

   図10は湾口(横須賀)、湾西(福浦)、湾奥(葛西)、湾東(千葉)における潮位偏差と海面気圧の散布図である。青点は作成した線形回帰式の海面気圧以外の説明変数に非線形モデル(台風制御シミュレーション)のコントロールランで出力された値を代入して作成した単回帰式上にプロットした点であり、橙点は高潮モデルで出力された結果である。単回帰モデルを見ると海面気圧を下げることによる潮位偏差の減少効果は湾東(千葉)>湾奥(葛西)>湾西(福浦)>湾口(横須賀)となっており、FAXAIのような特徴を持つ台風において湾東(千葉)や湾奥(葛西)で大きな制御効果があるとわかる。福浦や横須賀では線形モデルが非線形モデル(台風制御シミュレーション)を再現できていると言え、葛西や千葉では線形モデルと比べ非線形モデルにバラつきが見られ再現できていると言えない。




図10.線形モデルと非線形モデルの潮位偏差と最接近時気圧

高波における線形モデルと非線形モデルの比較

   図10は湾口(横須賀)、湾西(福浦)、湾奥(葛西)、湾東(千葉)における潮位偏差と海面気圧の散布図である。青点は作成した線形回帰式の海面気圧以外の説明変数に非線形モデル(台風制御シミュレーション)のコントロールランで出力された値を代入して作成した単回帰式上にプロットした点であり、橙点は高潮モデルで出力された結果である。単回帰モデルを見ると海面気圧を下げることによる有義波高の減少効果は湾口(横須賀)>湾奥(葛西)>湾東(千葉)>湾西(福浦)となっており、FAXAIのような特徴を持つ台風において湾口(横須賀)や湾奥(葛西)で大きな制御効果があるとわかる。横須賀や千葉では線形モデルが非線形モデル(台風制御シミュレーション)を再現できていると言え、葛西では非線形モデルが線形モデルと比べ過小評価となり福浦では最接近時気圧上昇時の有義波高の減少率が大きく再現できていない。




図11.線形モデルと非線形モデルの有義波高と最接近時気圧


考察

介入シミュレーションの考察

 図12は制御時刻ごとの台風中心付近の地上気圧分布を表しており、左から9/7/06UTC、9/7/16UTC、9/8/02UTC、9/8/12UTCになる。高潮や高波において9/7/16UTCや9/8/02UTCで制御をしたときに東京湾のいずれの地点でも大きな制御効果を生み出したのは中心気圧が高く中心付近の気圧傾度が小さい時刻であったためである。高潮や高波において9/8/12UTCで制御をしたときに横須賀を除いて大きな抑制効果を生み出したのは上陸の直前に制御した影響を受けることができたためである。




図12.各地点における潮位偏差と最接近時気圧の図


まとめ・今後の展望

まとめ

台風制御シミュレーション(非線形モデル)の結果を用いて高潮・高波シミュレーションを行うことで高潮・高波の抑制効果を得るために台風の勢力が弱体化している際に介入することが良いことが明らかになった。また、いずれの制御時刻においても潮位偏差と有義波高ともにコントロールランより小さくなっており、特に潮位偏差では9/7/16UTC、有義波高では9/8/02UTCの制御時刻にコントロールランからの減少率が最も大きくなると分かった。線形モデルと台風制御シミュレーション(非線形モデル)の結果を比較して高潮では福浦や横須賀では線形モデルが非線形モデル(台風制御シミュレーション)を再現でき、高波では横須賀や千葉では線形モデルが非線形モデル(台風制御シミュレーション)を再現できていることから地点を限定すれば一般化できる線形モデルを作成することができることがわかった。   

今後の展望

     

FAXAI以外の台風でも本研究の高潮・高波の抑制効果と同じになるのかを明らかにして、いずれの台風においても台風制御が可能かを検証する。また、説明変数を変更することで新たな線形モデルを作成して地点を限定しない一般化できる線形モデルとなるのかを検証する。





参考文献

1)久保田博貴・鈴木高二郎 .2019年台風15号の高波による護岸の被災要因の検証 . 土木学会論文集B1(水工学) . 2020 , Vol.76 , No.1 , p.274-283   
2)高木泰士・MdRezuanulISRAM・LeTuanANH・高橋篤平・杉生高之・古川郁貴 . 2019年台風15号による神奈川・千葉・茨城の高波被害および東京湾の波浪追算 . 土木学会論文集B3(海洋開発) . 2020 , Vol.76 , No.1 , p12-21   
3)鈴木崇之 . 2019年台風15号(Faxai)による沿岸災害の概要 . 消防防災の科学 . 2020 , No.140 , p.27-32   
4) 気象庁 . 台風第7号、第11号、第9号、第10号及び前線による大雨・暴風(速報)平成28(2016)年8月16日〜8月31日(平成28年9月6日発表) . https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/2016/20160906/jyun_sokuji20160816-31.pdf , (参照 2022-10-16)
5) 気象庁大気海洋部環境海洋気象課海洋気象情報室 . 波浪モデルの概要と高波事例の検証(令和2年度版)https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/expert/pdf/r2_text/r2_harou.pdf , (参照 2022-11-25)
6) 気象庁大気海洋部環境海洋気象課海洋気象情報室 . 高潮モデルとその利用高潮事例における予報作業 令和4年3月 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/expert/pdf/r3_text/r3_takashio.pdf (参照 2022-11-25)




謝辞

 本研究を進めるにあたり,筆保弘徳教授から,ご指導をいただきました。
 また,本研究では,横浜国立大学大学院環境情報研究員の吉田龍ニ准教授,清原康友様に多くのご助言,ご指導を頂きました。
 気象学の知識を数多く授けていただくとともに、気象予報士試験対策においてもご指導いただいた和田光明様にも感謝しております。.
 最後に本研究に携わってくださった皆様に,この場を借りて感謝申し上げます.