Polar WRF – MLEFを用いたアラスカ内陸部極端降水の数値実験〜アイスマゲドンの解明〜

2024年3月
筆保研究室  段 卓志




研究目的・背景

   2021年12月末、フェアバンクスでは冬季史上最大の降水量を記録した。このような極端降水が北極域のフェアバンクスで発生するためには、水蒸気が北極域以外の箇所から運ばれる必要があることが考えられる。本研究では、どこからの水蒸気がどのような力でフェアバンクスまで輸送され、どのようにして極端降水を発生させたのかを明らかにする目的で、①気象モデルPWRF-MLEFを用いたアイスマゲドン再現実験による事例解析②再解析データERA5を用いた過去の極端降水事例を対象とした統計解析を行い、12月にフェアバンクスで極端降水が発生する要因を調査した。




研究手法①

   本研究では大気場のシミュレーションする数値モデルとして、Polar Weather Research and Forecasting Model(PWRF)を用いた。また、 Maximum Likelihood Ensemble Filter (MLEF)データ同化の手法を用い、NCEPが提供する観測地を同化しながら計算を行った。詳細な設定は図1に示した。この計算は、2021年12月末のアイスマゲドン事例を対象に行った。


図1.計算設定

研究手法②

   気象データECMWF Reanalysis v5(ERA5) は1940年~現代までの気象データがある。2022年までのデータを用いて過去事例の統計解析を行った。統計解析はフェアバンクスで降水量が多かった日付(標準偏差の二倍以上)を対象に合成図解析を行った。


図2.ERA5による再解析データの説明

図3.合成図解析の手法



結果と考察

PWRF-MLEFによる現象再現実験の結果

   図4は海面気圧と風速を示す。高気圧縁辺流の風速は20~30m/s程度(大気下層の平均値)が確認された。図5は水蒸気輸送量を示す。アラスカの南西方向から水蒸気が輸送されている。26日12時~24時にかけてフェアバンクス上空に到着している。図6は水蒸気の収束を示している。ベクトルを見ると、アラスカ南西から水蒸気が流入フェアバンクス上空や南部の山脈域で水蒸気が収束している。



図4.PWRF-MLEFによる海面気圧(hPa) 25日から29日まで 6時間ごと

図5.PWRF-MLEFによる水蒸気輸送量(Kg/m/s) 25日から29日まで 6時間ごと

図6.PWRF-MLEFによる水蒸気の収束(Kg・s/m) 25日から29日まで 6時間ごと

 

ERA5を用いた統計解析の結果

    統計解析の結果、フェアバンクスでは平年の12月は乾燥しているが、稀に平年より大幅に多い量の降水が12月に発生することがわかった。降水量が上位5パーセントを超える日付を対象に海面気圧と鉛直積算水蒸気量の合成図解析を行った。9事例の12月フェアバンクスでの極端降水発生時、アラスカの南に優位な高い気圧偏差が6日は停滞していることがわかった。また、アラスカの南西で水蒸気量が多くなっていることがわかった。水蒸気が流入する方向が大切であることを示唆していると考えられる。



図7.フェアバンクスで極端降水発生時のイベント当日と前後二日の海面気圧配置、250hPa面ジオポテンシャルハイト

図8.フェアバンクスで極端降水発生時のイベント前日の鉛直積算水蒸気量






まとめ・今後の展望

本研究の目的:①どこからの水蒸気がどのような力でフェアバンクスまで輸送され, ②どのようにして極端降水を発生させたのかを明らかにすることであった。
①アラスカの南に停滞する高気圧が発生し、高気圧の縁辺流によって、北太平洋中緯度からの水蒸気がアラスカの南西まで運ばれる。
②輸送された水蒸気はアラスカ南西部の平坦な地形を通ることで上陸後も大気中の水蒸気を保持し、フェアバンクスに到達。すぐ東には山脈があり、地形の影響で極端降水が発生する。
今後の展開: アラスカの南の停滞する高気圧に着目して事例解析や統計解析を行うことで、アラスカ全体の12月の降水メカニズムへの理解が深まると考えられる。



図10.フェアバンクスに極端降水をもたらす水蒸気の上陸の仕方の模試図

図11.フェアバンクスに極端降水をもたらす水蒸気の由来と輸送のされ方





参考文献

  

参考文献 ・ © WeatherSpark.com ,2023年10月11日更新,フェアバンクスの気候
・ Roadsbridges ,Icemageddon2021,https://www.roadsbridges.com/winter-maintenance/article/33009760/icemageddon-2021 ,2023年9月5日更新
・ Alaska Climate Research Center,Alaska Climate Research Center 2021 December summary.2022.01,p7〜9
・ biglobe.news,2023年1月10日,
https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0109/tkj_230109_5798818157.html
・ Bachand C.L.; Walsh J.E. (2022). "Extreme Precipitation Events in Alaska: Historical Trends and Projected Changes"
・ 気象庁.月平均海面水温偏差, https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/clmrep/sst-global.html




謝辞

本研究を進めるにあたり、横浜国立大学教育学部の筆保弘徳教授から、細やかなご指導をいただきました。
また本研究では、海洋研究開発機構のIACE,OREDAのみなさまに多くの助言、ご指導をいただきました。感謝申し上げます。