研究背景
近年顕著な台風により日本に大きな被害がもたらされている。また、温暖化による台風の激甚化も予想されており、台風被害を削減することが社会全体における喫緊の課題となっている。現在、この課題に対し、台風の強度を抑制する方法が検討されている。しかし、台風の強度変化と環境場の関係は定量的に示されていない。
前提として、台風と環境場には相互関係があることは先行研究より知られている。Hirata and Kawamura(2014)によると、台風の位置に対応して太平洋高気圧西縁が局所的に強化されることや、台風進路が太平洋高気圧の西への伸長・東への縮退の影響を受けることなどが示されている。また、Guo et al.(2021)によると、台風が存在する場合としない場合で鉛直積算水蒸気フラックスの分布が異なることが示されている。しかし、これらの関係に台風強度が影響を与えるかについては明らかになっていない。これは、現実事例では台風進路や季節など類似した条件下の台風事例の数が限られているため、台風強度のみに着目した比較が難しいことが影響していると考えられる。
そこで本研究では、全球モデルによるアンサンブルシミュレーションデータを用いることにより、類似した条件下での多数の台風サンプルを得ることができ、台風強度と環境場の関係を評価できると考えた。そこで、日本に大きな被害をもたらした台風である2019年台風第15号(Faxai)についてのアンサンブルデータを用いて、
台風強度と環境場には関係があるのか評価することを目的として研究を行った。
研究手法
2019年台風第15号(Faxai)について
台風の特徴
- 発生:2019年9月4日18時(UTC)
- 消滅:2019年9月10日0時(UTC)
- 最大風速:43.73 m/s(85 knots)
場の特徴
- Faxaiが上陸する2日前まで台風第13号(Lingling)が存在
- 北海道付近に前線が存在
解析について
Yamada et al.(2023)におけるFaxaiについてのアンサンブルシミュレーションデータを用いた。
データの特徴
- 積分開始時刻:2019年8月28日~9月4日
- 積分時間:31日6時間※2019年10月1日以降はなし
- メンバー数:100×16初期日=1600メンバー
Faxai相当渦の定義
現実のFaxaiが発生した位置、関東に存在した時間を基準とし、それぞれのメンバーにおけるFaxai相当渦を定義した。
▲Faxai相当渦のトラック(Yamada et al., 2023、一部改)
研究結果
初期日ごとの特徴
▲各初期日におけるFaxai相当渦のトラックと最大風のヒストグラム
2019年8月28日~8月31日初期日
Faxai相当渦の発生位置は南東側、生涯最大風速は45~60 m/s
2019年9月1日~9月4日初期日
Faxai相当渦の発生位置は北西側、生涯最大風速は20~25 m/s
初期日分類による解析結果
解析対象の選別
初期日の特徴を踏まえた増えて台風強度と環境場の関係を評価する対象の選別を行った。
経路による選別
Yamada et al.(2023)によって定義されたFaxai相当渦のうち、関東付近を通り似た進路をとる渦を抽出するために、指定線分(138°E~143°Eかつ30°N)を定義した。指定線分における風速を台風強度とした。
初期日による分類
初期日の特徴から、8月28日~8月31日の4初期日、9月1日~9月4日の4初期日をそれぞれ「熱帯域対流活発初期日」「亜熱帯域対流活発初期日」に分けた。
850hPaジオポテンシャル高度について
コンポジット解析結果
Faxai相当渦が指定線分を通過する2日前、1日前、通過時でそれぞれコンポジット解析を行った。
▲ コンポジット解析結果(橙の×印はFaxai相当渦の位置。元データから期間平均を引いた偏差データを使用。)
熱帯域対流活発初期日
2日前からFaxaiの位置と対応した高気圧偏差の値が大きくなっている様子がみられた。
亜熱帯域対流活発初期日
Faxaiよりも先行している低気圧偏差(Lingling)の位置と高気圧偏差の値が大きくなっている位置が対応している様子がみられた。
相関解析結果
▲相関解析結果(95%有意な結果をハッチ掛けしている。)
台風強度(=指定線分通過時の風速)と2日前、1日前、通過時それぞれで相関解析を行った。
その結果、どちらのグループでも台風強度と高気圧偏差に正の相関がみられた。
有意な相関がある位置と太平洋高気圧の位置が一致することから、台風強度と太平洋高気圧に相関があることが示唆される。
水蒸気量について
コンポジット解析結果
Faxai相当渦が指定線分を通過する2日前、1日前、通過時でそれぞれコンポジット解析を行った。
▲コンポジット解析結果(橙の×印はFaxai相当渦の位置。元データから期間平均を引いた偏差データを使用。)
熱帯域対流活発初期日
2日前からFaxaiの位置に対して北側に湿潤域が存在する。
亜熱帯域対流活発初期日
2日前からFaxaiの位置に対して北西側に湿潤域が存在する。また、湿潤域は時間経過とともに移動している。
相関解析結果
▲相関解析結果(95%有意な結果をハッチ掛けしている。)
台風強度(=指定線分通過時の風速)と2日前、1日前、通過時それぞれで相関解析を行った。
その結果、どちらのグループでも北海道付近に指定線分におけるFaxaiの風速と有意な正の相関が2日前から見られた。
北海道付近の前線の位置と有意な相関がある場所が一致していることから、台風強度と前線への水蒸気輸送に相関があることが示唆される。
また、亜熱帯対流活発初期日においてみられた時間経過とともに移動する湿潤域は、850hPaジオポテンシャル高度でみられた移動と呼応的であることから、Lingling相当渦に伴う湿潤域だと考えられる。
強度分類による結果
台風強度と太平洋高気圧・水蒸気輸送の関係
アンサンブルシミュレーションデータによる多数の台風サンプルを解析することにより、
台風強度と太平洋高気圧台風強度と前線への水蒸気輸送
の関係に有意な正の相関があることが示唆された。
そこで、これらの相関関係がなぜみられるのかについて、強度分類を行うことによって調査した。Faxai相当渦の強度が大きい場合(intenseケース)と小さい場合(weakケース)に分類し、水蒸気量分布と風速分布を比較した。
intenseケース:指定線分での風速が50 m/sを超えたFaxai相当渦weakケース:指定線分での風速が20 m/sを超えたFaxai相当渦
▲intenseケース(左)とweakケース(右)
intenseケースにおけるFaxai相当渦は強い低気圧性循環をもっている。さらに、太平洋高気圧付近では強い高気圧循環が起こっている。これらのはたらきによって南風が卓越し、それに伴い水蒸気が北海道付近の前線へ水蒸気が輸送されている。weakケースでは、Faxai相当渦よりも強い低気圧性循環を持ったLingling相当渦が存在している。このLinglingの低気圧性循環によって南西から水蒸気が運ばれる様子、そして太平洋高気圧の循環から水蒸気が輸送される様子が見られた。これらの違いが台風強度と太平洋高気圧、前線への水蒸気輸送の関係に影響する要因の1つだと考えられる。
まとめ
初期日の特徴:8/28~9/4の初期日の特徴を整理
8月28日~31日の初期日において、Faxai相当渦は南東側で発生し発達するケースが多く見られた。一方、9月1日~9月4日の初期日では、Faxai相当渦は北西側で発生し8月28日~31日の初期日の渦よりも発達しない傾向がみられた。
初期日分類をした解析:熱帯域対流活発初期日、亜熱帯域対流活発初期日で分類
850hPaジオポテンシャル高度と台風強度、北海道付近の水蒸気量と台風強度それぞれにおいて、有意な正の相関がみられた。また、亜熱帯域対流活発初期日では、850hPaジオポテンシャル高度、水蒸気量分布の結果から、Faxai相当渦よりもLingling相当渦が発達していた。
強度分類をした解析:intenseケースとweakケースで分類
風速が強い台風の低気圧性循環と太平洋高気圧が強まったことによる高気圧性循環の効果で南風が卓越した。intenseケースではFaxai相当渦による強い低気圧性循環、weakケースではLingling相当渦による強い低気圧性循環がみられた。
本研究ではアンサンブルシミュレーションデータを用いて台風強度と環境場に着目した解析を行った。その結果、台風強度と太平洋高気圧、前線付近の水蒸気量との間に相関があることを示した。これらのことから、台風強度の変化は環境場に影響を与える可能性があることが示唆された。
参考文献
Yamada, Y., T. Miyakawa, M. Nakano, C. Kodama, A. Wada, T. Nasuno, Y-W. Chen, A. Yamasaki, H. Yashiro, M, Satoh, 2023: Large Ensemble Simulation for Investigating Predictability of Precursor Vortices of Typhoon Faxai in 2019 With a 14-km Mesh Global Nonhydrostatic Atmospheric Model, Geophys. Res. Lett., 50, 1-9.
Hirata, H., and R. Kawamura, 2014: Scale interaction between typhoons and the North
Pacific subtropical high and associated remote effects during the Baiu/Meiyu season, J. Geophys. Res., 119, 5158-5170.
Guo, X., N. Zhao, K. Kikuchi, T. Nasuno, M. Nakano, and H. Annamalai, 2021: Atmospheric Rivers over the Indo-Pacific and Its Associations with the Boreal Summer, Journal of Climate., 34, 9711-9728.