高解像度数値シミュレーションを用いた
海面水温低下による台風への影響

2024年3月
筆保研究室  細木隆史




1.研究背景・目的

   2022年より台風制御研究が国家プロジェクトとして始まり,数値シミュレーション上で台風制御の可能性が検討されている.台風への介入方法が様々検討される中で,海洋温度差発電(Ocean Thermal Energy Conversion:OTEC)による海面水温(SST)の冷却もその1つとして検討されている.本研究では,OTECが台風制御の介入手段の1つとして有意かどうか評価することを目的に,OTECを模擬した海洋モデルのシミュレーション結果を境界条件として,大気モデルによる現実台風の数値シミュレーションを行った.また,どの程度SSTを低下させると台風強度に顕著な影響が見られるのか,そしてその際にどのような構造変化・勢力への影響があるのか,その要因は何かを解明することを目的に大気モデルのみを用いてSSTを低下させる感度実験を行った.

図1.沖縄県久米島のOTEC実証試験設備(左).OTECの模式図(右).




2.研究手法

Faxai-OTEC実験

   現在,ムーンショットの台風制御研究では共通の台風をいくつか設定し,最適な介入方法を検討している.本実験では,その中の台風の1つである2019年台風15号(Faxai)を対象にシミュレーションを行った.OTECによる放流水の3次元的な拡散や海域の水温低下状況を把握するためには,海の物理的な状態をシミュレートすることのできる海洋モデルが必要であり,本実験では東日本太平洋沿岸モデル(ICTKSMW)を使用した.ICTKSMWは気象庁気象研究所が開発する海洋大循環モデルMRI.COM Ver.4.7(Tsujino et al.,2017)をベースとして田中ほか(2018)で開発されたMRI.COM Ver.4.7とは異なる海域のモデルである(飯田,2021).図2(左)はこのモデルの計算領域を示す.計算領域は北緯25.99746°〜37.98606°,東経135.3167°〜142.54°,解像度は水平1/60×1/60(〜1.85km),鉛直35層(0.25〜5825m),計算初期時刻は2019年8月1日00UTC,予報時間は2ヶ月である.大気モデルにはWether Research and Forecasting Model(WRF-ARW)Version4.4.1(Jatin Kala et al. 2021)を用いた.WRF-ARWは,米国大気研究センター(NCAR)が中心となり開発した3次元完全圧縮非静力学モデルである.初期・境界値に使用した格子点値データセットはNCEP Final Analysis(NCEP-FNL)である.本データセットの空間解像度は0.25度,時間分解能は6時間ごとである.詳細なWRF-ARWの計算設定は図2(右)にまとめる.ICTKSMWの水平解像度が約1.9kmのため,水平解像度3kmに設定した.想定したOTECの基数は1,7,18,27基であり,それぞれOTEC01,OTEC07,OTEC18,OTEC27と示した.


図2.ICTKSMWの計算領域(白丸:台風のトラック,黒丸:台風の位置,青枠:OTECの位置)(飯田,2021)(左).WRF-ARWの計算設定(右).


Faxai-SST感度実験

   どの程度SSTを低下させると台風強度に顕著な影響が見られるのか,そしてその際にどのような構造変化・勢力への影響があるのか,その要因は何かを調べるため,先の実験と同様の台風を対象に大気モデルのみでSSTを低下させる感度実験を行った.使用したモデルは先の実験と同様にWRF-ARWであり,初期・境界値に使用した格子点値データセットもGDAS-FNLである.詳細なWRF-ARWの計算設定は図3(左)にまとめる.台風の発達をより正確に表現するためには,より高解像度での計算が望ましいが,数十ケース以上のシミュレーションを実施した際に必要となるデータストレージや計算時間,計算機資源の節約を考慮し,水平解像度は5kmと設定した.図3(右)は計算領域と制御領域を示している.本実験では,Faxai-OTEC実験のときのように最盛期ではなく,少し前の発達期に介入することを考えている.制御した水平領域は1°x2°であり,OTEC1基によるOTEC影響領域の大きさと同程度としている.SSTの制御量は-10.0,-9.0,-8.0,-7.0,-6.0,-5.0,-4.0,-3.0,-2.0,-1.0,-0.5,-0.4,-0.3,-0.2,-0.1℃であり,それぞれSST(制御量)℃と示した.


図3.WRF-ARWの計算設定(左).Faxai-SST感度実験の計算領域,24〜25°N,147〜149°Eが制御領域,SST-2.0℃のとき(右).



3.結果と考察

Faxai-OTEC実験

   OTEC実験の結果より,各OTECポイントから北東に向けて低温域が拡がり,その上を台風が通過している(図4).OTECの基数を増やすとSSTに変化は見られたが,大きなSST低下は見られず,潜熱フラックス・中心気圧・最大風速に顕著な影響は見られなかった(図5).OTECの基数を増やしてSSTの低下量を大きくしようとすることは,結果としてSSTの低下には影響しづらく,また,長期間深層水を放流させることは,海面の状態を不安定にさせることや海流に低温域が乱されることにつながるため,OTECによる深層水の放出を台風減勢に影響させることができていなかったと考えられる.  




図4.2019年9月8日12UTCにおけるCTLとOTEC実験の海面水温偏差と海面気圧.


図5.OTEC実験の台風強度への影響.


 

Faxai-SST感度実験

   感度実験の結果より,SSTを低下させることで潜熱フラックスの供給が減少し,SST低下量を大きくするほど,中心気圧は増加し,最大風速は減少した(図6).また,制御領域を通過した後どのぐらい影響が続くのかを調べるために計算時間を24時間プラスした実験も行った.SSTが戻った後は,潜熱フラックスがCTLまで回復すると考えていたが,回復せずCTLと同じ変化をとっており,中心気圧・最大風速の発達抑制が続いていくことがわかった(図7).OTECのSST変化量と同程度であるSST-0.5〜0.1℃では,潜熱フラックスに大きな差が見られず、中心気圧・最大風速についてもCTLと大きな差が見られなかった(図8).以上より,OTECでは台風強度に顕著な影響を与えることができないと言え,台風強度に顕著な影響を与えるためにはSST低下量を1.0℃より大きくする必要があると考えられる.次に図9より,SST-10.0℃ではCTLより最大接線風速半径(RMW)が外側におよそ25.0km拡がっており,壁雲の構造が変化していることが分かった.SST-0.1℃ではCTLとの差がほとんど見られないことから、OTECのSST低下幅では台風構造は変化しないと言える.SSTが元に戻っても台風の強度が元に戻らず、発達抑制が続いた要因としては次のことが考えられる.①SSTの低下により下層インフローが低下,②RMWが外側に拡がり,受け取る潜熱エネルギーが減少,③潜熱加熱や④暖気核の発達が抑制,⑤RMWが外側に拡がることで角運動量輸送が減少し接線風速が減少,風速低下と蒸発する面積の減少により受け取る潜熱エネルギーが減少(図10).




図6.感度実験の台風強度への影響.SST-10.0〜-1.0℃.黒線は制御領域に①進入し始めたとき,②通過しているとき,③通過した後のときを示す.


図7.感度実験の台風強度への影響(+24時間).SST-10.0〜-1.0℃.黒線は制御領域に①進入し始めたとき,②通過しているとき,③通過した後のときを示す.


図8.感度実験の台風強度への影響.SST-0.5〜-0.1℃.黒線は制御領域に①進入し始めたとき,②通過しているとき,③通過した後のときを示す.


図9.地上10mの軸対称平均風の時間変化(Color:動径風速,Contour:接線風速,灰:RMW).緑線は制御領域に進入し始めたとき,通過しているとき,通過した後のときを示す.


図10.制御領域を通過することで起こる台風構造変化の模式図.影は雲を表し,青灰矢印は2次循環,xはRMW,黒矢印は海面からの潜熱エネルギーを示す.





4.まとめ・今後の展望

   本研究では台風制御の介入手法として現状のOTECは有意性がないこと,また,台風強度に影響を与えるためにはSST低下量を1.0℃より大きくする必要があること,またSST低下域を台風が通過することで台風構造に影響が見られ強度が減少することがわかった.今後は,本研究で行ったOTEC実験やSST感度実験を2019年台風15号(Faxai)以外の台風事例で同様に実施し,台風ごとの制御効果の違いを検証するとともに,制御効果の一般化を図ることが課題となる.





参考文献

  

1)筆保弘徳・伊藤耕介・山口宗彦,2014:台風の正体.朝倉書店.
2)筆保弘徳・中澤哲夫・杉正人・宮本佳明・坪木和久・伊藤耕介・北畠尚子・和田章義,2013:台風研究の最前線(上)-台風力学-.気象学研究ノート第226号,日本気象学会.   
3)飯田康生,2021:高解像度海洋モデルとクーリングパラメータを用いた台風による海洋応答の定量化.修士論文.   
4)稲垣滉,2021:高解像度シミュレーションを用いた台風制御の考察.卒業論文.




謝辞

   本研究を進めるにあたり,指導教官の筆保弘徳教授には,研究テーマの設定から卒論完成に至るまで細かなご指導をいただきました.また,台風科学技術研究センターの清原康友様・吉岡大秋様には,多くのご助言,ご指導を頂きました.また,海洋研究開発機構の田中裕介様,NPO海ロマン21の井上興治様,いであ株式会社の高山勝己様・竹内一浩様には,海洋モデルのシミュレーションの結果を提供していただきました.また,本研究は,JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2282)の支援を受けて行われました.
 皆様にこの場を借りて感謝申し上げます.