修士論文

台風経路アンサンブルシミュレーションと仮想土砂キキクル計算 を用いた台風経路別・地域別の土砂災害危険度

筆保研究室 軍司大輔

1 はじめに

・背景

気候変動に伴う災害リスクの増大、風水害による保険金支払額の増加。
令和元年東日本台風(HAGIBIS)は、記録上最多の962件の土砂災害をもたらした。台風にる大きな被害をまだ経験していない地域について、もし強い勢 力を維持した台風が接近・上陸した場合、土砂災害の発生危険度はど うなるのか、リスクを事前に知っておく必要がある。

・目的

①台風による土砂災害被害が発生しやすい経路の算出
②台風別、台風経路別の土砂災害ハザードマップの開発

2 手法

本研究では、台風経路アンサンブルシミュレーション手法により、気象モデルWRFv3.6.1を用いて、多数の仮想台風を生成することで、各経路の降水量を算出し、各地域にとって土砂災害の危険性が高い経路を算出した。台風経路アンサンブルシミュレーションによって算出した降水量は、ウェザーマップ社が開発した仮想土砂キキクル計算によって、解像度1km、6段階の土砂災害危険度に変換される。 本研究では、記録上最多となる土砂災害件数となったHAGIBISを主に、2018年24号TRAMI、2018年21号JEBI、2018年12号JONGDARIの4つの台風について解析を行った。

台風経路アンサンブルシミュレーション
図1 台風経路アンサンブルシミュレーションの説明図   図2 仮想土砂キキクルが算出されるまでの流れ

3 結果

日本全国にとっての最悪経路

最悪経路の判断基準:各グリッドにおける期間内最大危険度( Maximum Risk during the Period: MRP)

日本全国にとっての最悪経路を算出した。最悪経路の判断基準は、各グリッドの警報レベル(仮想土砂キキクル値)を積算した値である。HAGIBISを対象とした際、日本全国にとっての最悪経路は、実際のHAGIBISを再現したCTLより、西に100kmほど離れた経路であった。また、TRAMI,JEBI,JONGDARIを対象とした際の最悪経路は図6.7の通りである。偏西風の影響を強くうけ、台風が北東方向に斜めに進んだHAGIBIS,JEBIは広範囲の地域で高い土砂災害危険度が予測される結果になった。

HAGIBISを対象とした際の経路別MRP分布
図3 HAGIBISを対象とした際の経路別MRP分布
図3
図4 HAGIBISを対象とした際の経路別MRP積算点      図5 日本全国にとっての最悪経路(HAGIBIS)
        図4
図6 台風事例別日本全国にとっての最悪経路とMRP分布
図5
図7 台風事例別日本全国にとっての最悪経路

各都道府県にとっての最悪経路

・神奈川県

都道府県別に最悪経路を算出した。神奈川県にとっての最悪経路は、実際のHAGIBISを再現したCTLからおよそ80㎞東に離れたe008であった(図8.9)。また、横浜市を直撃した経路はCTLから60km東に離れたe006でありHAGIBISを対象にした場合、直撃経路よりもさらに東側を通過する経路で危険度が高くなる。他の台風事例について、神奈川県にとっての最悪経路を図10に示す。すべての台風が、相模湾周辺を通過しているという共通点がみられた。

図6
図8 HAGIBISを対象とした際の神奈川県にとっての最悪経路 図9 経路別MRP平均値(HAGIBIS) /figcaption> 図7
図10 事例別神奈川県の最悪経路

4 まとめ

HAGIBIS,JEBIは日本列島を南西から北東方向へ斜めに進むため、偏西風の影響をあまり受けずに北上をするTRAMIと比べて、広範囲の地域で高い危険度をもたらした。 神奈川県では、台風が東を通過する際に、宮崎県では西を通過する際に危険度が高くなる結果に。
危険度が高くなる要因は台風の接近前の風向きと大きな関係がみられる結果になった。また、HAGIBISを対象とした際、これまで台風の接近が少なかった日本海側地域でも、高い土砂災害危険度が予想されることが分かった。
本研究の解析結果を、筆保研究室ホームページ 全国台風ハザードマップに掲載した。

参考文献

・Ishihara, Y. and S. Kobatake, 1979: Runoff Model for Flood Forecasting, Bull. D.P.R.I., Kyoto Univ., 29, 27-43.
・大滝寿一, 2020: 台風経路アンサンブルシミュレーションを用いた日本の沿岸における潮位偏差の算出, 横浜国立大学教育学研究科, 修士論文.
・蔭山明日香, 2020: 日本における台風被害の分析と予測, 横浜国立大学教育学部, 卒業論文.
・高良拓馬, 2022: 線形モデルと非線形モデルを用いた台風制御シミュレーションによる高潮、高波の制御効果の算出, 横浜国立大学先進実践学環, 修士論文.
・鈴木創太, 2020: 台風経路アンサンブルシミュレーションを用いた日本沿岸における高波リスクの算出, 横浜国立大学教育学部, 卒業論文.
・山崎聖太, 2014: 台風最大リスクの検証 ~もしも伊勢湾台風が関東を襲ったら~, 横浜国立大学, 卒業論文.
・山崎聖太, 2016: 台風シミュレーションに基づく強風ハザード評価 -台風ノモグラムの開発-, 横浜国立大学教育学部, 修士論文.
・山崎聖太, 筆保弘徳, 加藤雅也, 竹見哲也, 清原康友, 2017: 台風による強風ハザードの評価:台風ノモグラムの開発, 日本風工学会論文集, 42(4), 121-133

謝辞

本研究で使用している仮想土砂キキクルデータは、株式会社ウェザーマップ様、三井住友海上火災保険株式会社様よりご提供いただきました。本研究に関わってくださった全ての皆様に感謝申し上げます。