*** はじめに ***

*** 研究背景・目的 ***

2022年より内閣府主導のムーンショット型研究開発制度(図1)の目標8のコア研究として「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」が行われている。様々な介入手法が検討されている中で、 本研究では台風直下の海からの蒸発(海面水蒸気フラックス)を抑制することが台風制御の介入手段の1つとして有意かどうかを評価することを目的としている。

図1 ムーンショット型研究開発制度と具体的な10個の目標(内閣府HPより)




*** 研究手法 ***

*** シミュレーションについて***

3次元数値大気モデルSCALE-RM(v5.4.5)を用いた理想化数値シミュレーションを行った。 理想化数値シミュレーションは、台風に影響を及ぼす環境場や地形の効果を排除した空間において、その場での台風を調べることで、より一般的な台風の強度や構造変化を捉えることができる。 本研究のシミュレーションでは、2000km×2000kmの領域内に初期渦を配置し水平解像度5km、鉛直層数を20層及び60層に設定して発達した台風(表1)に対して、 海面水蒸気フラックス介入を主に50%及び100%カット、半径を25km, 50km, 100km, 200kmに設定し、合計240時間のシミュレーションを行った。 なお、計算設定の概念図と海面水蒸気フラックス介入の概念図はそれぞれ図2と図3に示している。



表1 理想台風シミュレーション共通の設定
計算環境設定
計算領域 2000km × 2000km
水平境界条件 周期境界
環境場 熱帯の平均場(Jordan, 1958)
海表面温度(SST) 300K 固定
水平解像度 5km
鉛直層数 20層, 60層
初期渦設定
初期渦半径 450km
初期渦最大風速 20m/s
初期渦最大半径 100km
コリオリパラメータ 5×10^-5 /s
初期渦最大高度 15km
初期渦位置 領域中心




表2 海面水蒸気フラックス介入設定
水蒸気介入
介入型 円形
介入倍率 100%, 50%
介入半径 200km, 100km, 50km, 25km
介入開始時間 T=72
介入終了時間 T=240


図2 計算設定の概念図
図3 海面水蒸気フラックス介入の概念図



*** 結果と考察 ***

*** 海面最低気圧の時間変化 ***

理想化数値シミュレーションによって、得られた結果を比較することで海面水蒸気フラックス介入の効果を評価した。 図3は計算設定の鉛直層数を60層、海面水蒸気フラックスを100%カットしたときのCTL実験(基準実験)、200km介入実験、100km介入実験、50km介入実験、25km介入実験の結果を示す。



図3 100%カット実験における海面最低気圧の時間変化

図3の結果より、海面水蒸気フラックス介入を行うことが台風の発達を抑制することに有効であることがわかった。
また、次の2つのことが言える。このHPでは以下の2点についてまとめる。



ちょっと寄り道   ***台風の発達メカニズム WISHE***

台風は熱帯低気圧であり左下図のような循環を持っている。地上付近では反時計回りの風が吹いており、周囲の空気を集めて上昇させている。
台風の発達にはWISHE(wind-induced surface heat exchange, ウイッシェ)というメカニズムが関係していると考えられている。 右下図は台風の発達理論WISHEを示している。WISHEによると台風は以下のように発達すると説明される。

  1. 内向きの風が暖かい海面から水蒸気を受け取る
  2. 空気が上昇し、空気中の水蒸気が凝結する
  3. 上昇した空気は台風外側に運ばれ冷却する
  4. 冷却された空気は下降する(①に戻る)

上の①~④のような循環のことを台風の二次循環と呼ぶ。
②で示されるように、二次循環により運ばれた水蒸気が台風中心部で凝結することで、台風中心部が暖まる(暖気核の形成)。 そして、台風中心部が暖まることでその部分における気圧が低下していく(図3)。

      台風の概念図(椎野純一, 2011)                 WISHEによる台風発達理論



*** 100%カット50kmと100km実験の鉛直風 ***

台風の発達について理解するには二次循環の構造を把握することが重要である。
図4は理想化台風の方位角平均した半径鉛直断面図で鉛直風の強さが示されている。 特に100%カット実験の50km介入実験と100km介入実験をそれぞれ上段と下段に示している。 4つの図は左からT=72を始点として4時間ごとに、T=96まで時間平均の操作をしている。
これらの図から分かることは、介入開始時間であるT=72~96では鉛直風が半径50~100kmの位置にあるということである。


図4 100%_50km実験(上段)と100%_100km実験(下段)の鉛直風(T=72~96を4時間ごとに時間平均)

ここで注目したいのは介入半径を50kmに設定した場合、T=72~96の時間帯では台風の二次循環の内側に介入していることになるという点である。 一方、介入半径を100kmに設定した場合、同時間帯では半径50~100kmの部分で二次循環に介入領域が重なる。
WISHEで説明されるように、台風は二次循環の空気の流れの中で海面から水蒸気を受け取り発達する。 よって、100km介入実験では半径50~100km部分で海面からの水蒸気蒸発を抑制することで台風の発達に影響を与えている。 50km介入実験では二次循環の内側に介入領域を設けていることにより、二次循環での海面からの水蒸気蒸発は抑制することができていない



*** Trajectory解析を用いた考察 ***

本研究では二次循環と海面水蒸気フラックス介入の関係性を確かめるためにTrajectory解析を用いた。 Trajectory解析では台風周辺にある空気塊がどのように移動しているのかを確かめることができる(図5)。


図5 CTL実験におけるT=170~194の空気塊の水平移動(点:空気塊、色:高度)

上の図5は空気塊の移動を水平方向のみに着目している。しかし、二次循環との関係性を確かめる上で重要なのは鉛直方向の移動である。 以下の図6が鉛直方向の移動と鉛直風を組み合わせたアニメーションである。


図6 CTL実験におけるT=170~194の空気塊の鉛直移動(点:空気塊)

図6は台風の二次循環を表していることがよく分かる。
図5と図6はどちらもT=170における空気塊の移動を示している。ここで今回は、T=170ではなく介入開始時間であるT=72付近に注目する。 以下の図7がT=72付近における空気塊の移動を示している。


図7 CTL実験におけるT=72~96の空気塊の鉛直移動(点:空気塊)

T=72付近における鉛直風と空気塊の動きを示しているアニメーションを見ると、主に半径50~100kmで空気塊が上昇していることが分かる。 やはりtrajectory解析からも分かるように、二次循環の内側に介入を行ったとしても、その部分を空気塊が通過することはない。 つまり、台風の発達にあまり影響を及ぼさない。




*** まとめ&今後の展望 ***

本研究をまとめると、以下のようになる。

  1. 海面水蒸気フラックス介入を行うことで台風は弱化する
  2. 台風の二次循環の内側に介入を行うことは台風強度に感度が小さい

今後の展望としては、同様の介入実験を現実大気を用いて詳細なシミュレーションを行うこと、 プロジェクトを達成するために海面水蒸気フラックス介入をどのように行うのかに関わる工学的手法を確立することである。 また、台風を弱化させることによる周囲への影響等も加味する必要があり、法的・倫理的・社会的に許容されるものであるかを研究する必要もある。



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