2024年度 卒業論文

台風観測塔で得られた高解像度気象データに基づく
短周期風速変動の解明

横浜国立大学教育学部 教員養成課程
筆保研究室 大平万葉

 

研究背景


   本研究室では、横浜国立大学における気象現象の周期的変化や海陸風など、大きい時間スケールで起こる風の変動に関する研究が盛んに行われてきた。しかし、従来の観測測器の時間分解能では短周期の風速変動を捉えることができないため、小さい時間スケールで起こる風の変動については詳細な解析が進んでいなかった。
 そこで新たに横浜国立大学の台風観測塔に、2023年3月に2台の超音波風速計が設置され、2024年2月から0.1秒間隔での風観測が始まった。本研究では、この超音波風速計の特性を生かして突風を解析するために、
  • 超音波風速計の設置場所による障害物の影響を小さくするためのシステムを構築し、観測法を確立する
  • 超音波風速計のデータを用いた突風を検出する手法の提案、および手法ごとの突風の性質を明らかにする
  • ことを目的とした。

     

    研究手法

    3成分超音波風速計について
      風速を水平2方向、鉛直方向の計3成分を測定する。
      一対の音波発信受信機を向かい合わせ、両方向の音波伝播時間の差から風速を測定している。
     (風下への音波は伝播速度が速く、風上への音波は遅くなる。)

    システム概要


    ▲台風観測塔(左上)と超音波風速計(右上)
    台風観測塔見取り図(下図)※中心には障害物がある

    長期気象観測SORA-oシステムについて
      風向・風速・温度・湿度・雨量・気圧・日射・空の現況を1分インターバルで観測する測器。
      超音波風速計の設置場所による障害物の影響を小さくするための風向判定に用いた。

    システム概要


    ▲長期気象観測SORA-oシステム測器部分

    研究結果

    障害物による乱れの影響

    EsonicとWsonicの観測結果


    ▲2024年5月1日~5月10日 SORA-o風向(青), Esonic風向(橙), Wsonic(緑)


    ▲EsonicとWsonicの南北成分における乱流強度 Esonic(橙), Wsonic(緑)
    縦軸:乱流強度(1.0に近づくほど乱れが強い) 横軸:南北成分


    Esonicは南寄りの風向のときに風の乱れが生じており、Wsonicは北寄りの風向のときに風の乱れが生じていることが明らかになった。
    SORA-oの風向を用いたデータ切り替え

    データ切り替え手法について

     2箇所に設置された超音波風速計の風速データから、Esonicは南風成分が卓越する場合において風の乱れが発生し、Wsonicは北風成分が卓越する場合において風の乱れが顕著になることが明らかになった。1箇所の風速データだけでは台風観測塔の障害物による乱れの影響が大きいことがわかった。
     そこで、SORA-oで計測している風向値を用いて、台風観測塔周辺で北寄りの風が吹くときにEsonicの観測値を使用し、南寄りの風が吹くときにWsonicの観測値を使用するという、データ切り替えを行うことで障害物による影響を小さくする方法を提案した。


    ▲ データ切り替えイメージ図

    データ切り替え結果

      データ切り替え後のデータをXsonicと呼ぶ。


    ▲Xsonicの風向(右図)と南北成分における乱流強度(左図)


    データ切り替えを行ったことにより、南北成分の乱流強度にばらつきがなくなり、障害物による風の乱れの影響を小さくすることができたと考えられる。
    突風の定義と検出
     3種類の突風定義

     突風を定量的に定義する基準が設けられていないこと、さらに解析の期間において突風による被害が気象庁より報告されなかったことを受けて、本研究における突風を3種類定義した。

    ①荒天突風

    <突風率を用いた定義手法>
     突風率≧1.5、水平風速≧9.4m/sを満たす箇所を抽出
     突風率は中程度であるが、風速が大きいときに吹く突風を定義した。

    ②静天突風

    <突風率を用いた定義手法>
     突風率≧3.0、水平風速2.6m/s~9.4m/sを満たす箇所を抽出
     突風率は大きいが、風速が小さいときに吹く突風を定義した。

    ③渦突風

    <ハイパスフィルターを用いた定義手法>
     10分間移動平均風速(層流)に対して風速変動(乱流)が大きいところを取り出手法
     0.1秒間隔風速と10分間移動平均風速の偏差を求め、|2.3|m/s以上を満たす箇所を抽出

     検出事例

    ①荒天突風


    ▲ 8月16日 台風7号接近に伴う荒天突風検出事例
    橙:突風を検出したタイムスタンプ 灰色:0.1秒間隔水平風速

    台風や前線、気圧配置など大規模擾乱による乱れでおこる突風を検出

    ②静天突風


    ▲ 3月13日の静天突風検出事例
    緑:突風を検出したタイムスタンプ 灰色:0.1秒間隔水平風速

    弱風時に起こる瞬間的な突風を検出

    ③渦突風


    ▲ 7月25日~28日の渦突風検出事例
    赤:突風を検出したタイムスタンプ 灰色:0.1秒間隔水平風速

    大気の大規模擾乱に加えて、昼間に発生する乱流による突風を検出

     手法ごとの突風の特徴比較
     検出割合と季節性


    ▲手法ごとの総検出回数と割合(左), 月ごとの検出数推移(右)

    手法ごとの特徴

  • 荒天突風
  •    春に検出数のピークを迎え、その後減少する。検出回数は渦突風に次いで多い。
  • 静天突風
  •    検出数、割合ともに最も小さく、突風の季節性が見られない。
  • 渦突風
  •    春に最も検出数が多いが、夏の時期にかけて再度検出数が増加する。検出回数が最も多い。

    荒天突風と渦突風の共通点

  • 3月・5月・9月の検出割合が多い。(春と秋)
  • 12月の検出割合が最も少ない。(初冬)
  •  各季節の風の水平成分スペクトル

     荒天突風と渦突風には、季節性が見られた。季節によって突風の検出傾向が異なったことから、各季節の水平風速のデータを用いてスペクトル解析を行った。代表して、3月・8月・12月の結果を示している。


    ▲ 水平成分のスペクトル解析結果(横軸:周期, 縦軸:エネルギー)

    春・秋のスペクトル解析結果

  • 30秒~数分周期が強い。
  • 約3日の周期も強く現れている。

  • 夏や冬の変わり目となる時期であり、高気圧・低気圧の移動(3日周期)によって大規模擾乱が生じ、強い乱流(数分周期)が発生すると考えられる。

    夏のスペクトル解析結果

  • 24時間周期が卓越している。
  • 約3日の周期の山が小さい。

  • 太平洋高気圧が日本を覆うことで日射による日周期が卓越し、弱い乱流が起こるためであると考えられる。

    初冬のスペクトル解析結果

  • 全体的なエネルギーが弱い。
  • 弱い24時間周期が見られる。

  • 大気が安定しているため、乱流が起こりづらいと考えられる。

     突風観測時における水平成分スペクトル


    ▲ 渦突風を検出した8:00~20:00における水平成分のスペクトル解析結果(横軸:周期, 縦軸:エネルギー)

    検出した突風が持つ周期性

    石崎らの先行研究によって、大気境界層における乱流には周期があることが確認されている。渦突風で検出した突風が周期を持つのかを確かめるため、突風を検出した8時から20時までの領域をスペクトル解析した。この結果から数分周期にエネルギーの山が見られ、先行研究の結果と一致した。

    渦突風の検出手法では、数分周期で強弱を繰り返す大気境界層における乱流がもたらす突風を捉えていると考えられる。

     手法ごとの突風時鉛直風の強度について


    ▲ 全期間鉛直風と突風時鉛直風ヒストグラム(3月)(正:上昇流 負:下降流)


    ▲ 全期間平均鉛直風速と突風時平均鉛直風速(3月)

    手法ごとの平均鉛直風速

  • 荒天突風が強い上昇流を伴っている。
  • 静天突風は鉛直風が小さい。
  • 渦突風は上昇流を伴っている。
  •  上昇流強度と風向の関係


    ▲ 全期間と突風時の風向別出現頻度(3月)※北を頂点に右回りに東、南、西


    ▲ 平均鉛直風速と、南~南西風割合(3月)

    上昇流強度と南風の関係

  • 最も平均鉛直風速が強かった荒天突風は、全データの風配図と比較して、南寄りの風が増加していたことがわかった。
  • 南寄りの風(南~南西)の出現頻度が多い順に突風時の上昇流が強まっていることがわかった。

  • ▲ 横浜国立大学周辺の陰影起伏図 (国土交通省地理地図より)
    ★:台風観測塔位置 ※南~南西の方角に色付け

    台風観測塔の南から南西方向にかけて起伏が激しくなっていることがわかった。南寄りの風が吹くときに、この地形に沿って風が到達することによって上昇流が強まるのではないかと考えられる。

     

    まとめ

    超音波風速計の設置場所による障害物の影響を小さくするためのシステムを構築し、観測法を確立する

    SORA-oで観測された風向の値を用いてデータ切り替えを行ったことにより、切り替え後の観測データでは風向の違いによる乱流強度の差が小さくなった。このことから、提案した手法を用いたデータ切り替えが障害物による影響を小さくするための適切なデータ処理であったと考えられる。

    超音波風速計のデータを用いた突風を検出する手法の提案、および手法ごとの突風の性質を明らかにする


    今後の展望
  • 台風観測塔に設置されているエアロベンの解析を行い、風向切り替え法の再検討をする。
  • 超音波風速計の観測データをさらに蓄積し、得られた結果が一般性を持つのか明らかにする。
  • 突風の定義や解析を再検討するとともに、気象庁との報告結果との違いや、今回の手法で検出した突風との性質の違いを明らかにする。
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    参考文献

  • 石崎・光田・花房,1968:風速変動の長周期成分について, 京都防災研究所年報, 第11号A. p 489-497
  • 国土交通省, 国土地理院, 地理院地図
  • 神山翼, 2024:Pythonによる気象・気候データ解析Ⅱ-スペクトル解析・EOFとSVD・統計検定と推定-, 朝倉書店
  • 小倉義光,2016:一般気象学(第2版補訂版), 気象大学出版会
  • 吉岡大秋,2013:横浜国立大学における長期気象観測SORA-oシステムによる気象学的特徴の検出, 卒業論文
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    謝辞

     本研究を進めるにあたり、横浜国立大学教育学部の筆保弘徳教授から、細やかなご指導をいただきました。
     また、超音波風速計の解析をする上で、測器についての詳しい仕様やデータ収集方法についてご教授いただいたタマヤ計測システム株式会社の杉山様、荻野様に深く感謝申し上げます。
     本研究に携わってくださった皆様に、この場を借りて感謝申し上げます。