研究背景
台風の眼は,円形以外にも四角形や五角形などの多角形な眼をすることがある(図1-1〜1-2).このような多角形眼(Polygonal eyewalls)は,渦ロスビー波(vortex Rossby-wave)がフェーズロック(Phase locking)を起こし,順圧不安定波(barotropic instability wave)として成長することで発生するとされている.
(Schubert and(2004)より)
(油井亀美也宇宙飛行士のX(2025/09/22投稿)より)
渦ロスビー波とは,相対的に大きな渦を背景場とし,動径方向の渦度勾配をβ効果として発生する波である.渦ロスビー波の分散関係式で記述され(式1),渦度が高い方を右に見る方向に伝播する.
渦ロスビー波は,多角形眼の生成のほかに,インナーレインバンド,台風強度,壁雲の崩壊現象への寄与も指摘されている(Guinn and Schubert(1993)やMontgomery and Kallenbach(1997)) .
順圧不安定波は,渦度勾配を解消するために発生する波であり,その成長には,基本場の渦度動径勾配が正負で符号反転する地点が存在することが必要条件である.
(a)渦度(b)接線風分布
台風において,渦度分布と接線風速は図1-3のような分布を示す.壁雲の内側と外側を比べると,壁雲内側では正の渦度勾配と,外側よりも弱い接線風,壁雲外側では負の渦度勾配と,内側より強い接線風となっている(図1-4参照).渦ロスビー波は,渦度の高い方を右に見る方向に伝播する(式1)ことから,壁雲内側では,反時計回りに伝播する渦ロスビー波が弱い接線風に流され,壁雲外側では,時計回りに伝播する渦ロスビー波が強い接線風に流される.そこで壁雲内外で発生した2つの渦ロスビー波の位相速度が一致したとき,フェーズロックが起き,順圧不安定波として成長し,多角形眼が生成される.
本研究では,このように台風の壁雲領域で発生する順圧不安定波を回転水槽実験(rotating annulus experiment)で再現することを大きな目標とした.
回転水槽実験とは,同心円状に3層に分かれた水槽を回転させ,水槽内の流体の動きを解析する実験である.元来,地球内部の流体核の対流実験に使用されていたものだが,1950年代から気象分野でも大規模な大気運動の再現実験に使用されてきた.主に,偏西風の蛇行など傾圧不安定波の研究に使用されており,順圧不安定波を再現した研究は行われていない.
回転水槽で順圧不安定波を再現することの第一歩として,本研究では,実験水槽内に渦度または渦位勾配が符号反転する構造を生成し,渦度勾配の符号が変わる半径の内側と外側で伝播方向の異なる2つの渦ロスビー波を発生させることを目的とした(図1-5).
研究手法
図2-1のような流れで研究を行った.
〈回転水槽実験〉
本研究室に設置されている二重回転水槽装置(図2-2)を使用し,「回転速度(1〜12 rpm)」「内側水槽と外側水槽の温度差(0〜20 ℃)」「水深(4〜10 cm)」「底面条件(全7種)」の4つを変数とし,計204実験行った(図2-3参照).各実験は20分間ずつ行った.本研究では,温度差と底面地形の有無に着目し,図2-4のような4つに分類して解析した.
実験水槽内にアルミ粉を散布し,上部から水槽と同じ速度で回転するビデオカメラで撮影した(図2-5).その後,撮影した動画を,Adobe Premiere Pro 2025を使用して5枚/sの画像にした.
【台風構造の模擬】
〈PIV解析〉
粒子画像流速測定法(PIV:Particle Image Velocimetry)を用いて,画像データから流れ場を定量化し,csvデータとして出力した.図2-6は,PIV解析の画像である.
〈解析〉
PIV解析によって出力されたcsvデータから,渦度,渦位,角速度,接線流速,動径風速のホフメラー図を描画した.また,二次元高速フーリエ解析(2D FFT)を行い,時空間パワースペクトル図を描画した.パワースペクトル図の見方は,図2-7の通りである.
結果
結果は図3-1の通りである.水深6 cm,回転速度8 rpm,温度差あり:5℃, 地形あり:2 cm山型底面の結果であり,各枠の左から,方位角平均および10秒平均した渦位の動径方向分布,半径4 cmにおける時空間パワースペクトル図,半径7 cmにおける時空間パワースペクトル図である.
- 地形なし・温度差なし実験:渦位差は生まれず,半径4 cm,8 cmともに卓越した波は発生しなかった.
- 地形あり・温度差なし実験:半径5.7 cmを極大とする、明瞭な山型の渦度分布が確認でき,半径4 cmでは,反時計回りに0.66 mm/sで伝播する波数5の波が,半径7 cmでは,時計回りに0.33 mm/sで伝播する波数10の波が卓越していた.
- 地形なし・温度差あり実験:半径4.2 cmを極大とする緩やかな山型の渦度分布が確認でき,半径4 cm,7 cmともに,時計回りに0.825 mm/sで伝播する波数4の波が卓越していた.
- 地形あり・温度差あり実験:半径5.7 cmを極大とする明瞭な山型の渦度分布が確認でき,半径4 cm,7 cmともに,時計回りに0.825 mm/sで伝播する波数4の波が卓越していた.
図3-2は,パワースペクトル上にそれぞれの半径における条件をもとに渦ロスビー波の分散関係式を描画した図である.両半径において,最大波数・周波数を持つ波が分散関係式上に乗っていた.
考察
地形なし・温度差なし実験では,障壁や動径方向に加わる外力がない状態で水槽が回転し続けており,波が起こるきっかけがなかったために,波が発生しなかったと考えられる.
地形あり・温度差なし実験では,半径4 cmと7 cmで異なる波数・周波数を持つ波が発生していたことから,それぞれの半径で異なる波が発生していたと考えられる.さらに,両半径において,渦位が高い方を右に見る方向に波が伝播している.図3-2において,最大波数・周波数が渦ロスビー波の分散関係式上に乗っていたことから,両半径において発生した波は,渦ロスビー波であると考えられる.なお,地形あり・温度差なし実験では,動径方向のきっかけがない限り,本来波は発生し得ない.本実験では,回転水槽の微小な揺れによって起こった擾乱が,底面の傾斜,すなわち水深勾配によって,波として成長していったのだと考えられる.
地形なし・温度差あり実験と地形あり・温度差あり実験では,ともに両半径において同一の波数・周波数を持つ波が発生したことから,一つの波が卓越していたと考えられる.内側水槽を温かく,外側水槽を冷たくして温度差をつけていることと,水槽を反時計回りに回転させている条件下で,発生した波が時計回りに伝播したことから,発生した波は傾圧不安定波だと考えられる.傾圧不安定波であることを検証するためには,水槽内の三次元構造を解析する必要があるが,本研究手法では水面の二次元構造のみを解析しているため,さらなる研究が必要となる.なお,傾圧不安定波が発生していても,渦ロスビー波が発生している可能性は考えられるが,傾圧不安定波の影響が強く,渦ロスビー波を抽出して解析することは困難である.
まとめ・今後の展望
本研究では,回転水槽を用いて,台風壁雲領域における渦ロスビー波を再現することを目的とした.「回転速度(1~12 rpm)」「内側水槽と外側水槽の温度差(0~20 ℃)」「水深(4~10 cm)」「底面条件(全7種)」の4つを変数とし,計204実験行った.地形あり・温度差なし実験において,内側水槽付近と外側水槽付近で位相方向の異なる2つの渦ロスビー波を発生させることができた.今 primary今後は,接線風速も考慮して,渦ロスビー波が順圧不安定波として成長していく様子を再現することを目指す.