*** はじめに ***

*** 研究背景・目的 ***

気象庁の発表によると、近年台風の進路予報は改善されているが、強度予報は直近20年で変わっていない。 台風中心付近における高解像度な観測は、台風の構造把握や進路・強度予報の精度向上において極めて重要であり(Ito and Wu, 2013)、初期値の誤差が台風の強度予測誤差の主要な原因の一つと言われている(Emanuel and Zhang, 2016, 2017)。 Chu et al(2011)は、24時間後の中心海面気圧を評価関数としてアジョイント感度解析を実施し、台風の中心気圧に対してアジョイント感度解析が有効であることと、下層の水蒸気量に最も感度があることを示した。 しかしながら、台風の暴風下での海表面において水蒸気の観測は困難であることに加え、海表面における台風の直接観測はほとんど行われていない。また、広大な海域全体に観測網を恒常的に展開することは、人的および経済的コストの制約から現実的ではない。 そこで本研究では、アジョイント感度解析を用いて、台風強度の予報改善に寄与し得る効果的な観測地点を特定することを目的とした。

図1 台風の予報誤差(気象庁HPより)




*** 研究手法 ***

*** 感度解析について***

使用したモデルは、メソスケール大気モデルWeather Research and Forecasting(WRF-ARW)およびそのデータ同化システム(WRFDA)である。 対象とした台風は2023年台風6号(Khanun)で、水平解像度は15kmとした。計算期間は2023年8月1日0時を初期値として、実験1では6時間と12時間、実験2,3では6時間である。 アジョイント感度解析から算出された感度分布について、観測システムシミュレーション実験(OSSE)を実施し、観測地点としての有効性を調べた。 OSSEにおけるNature runはControl runより計算開始時刻が12時間早めた計算として設定し、いずれも水平解像度は15kmである。 なお、海表面における観測を想定しているため、各実験において感度はモデルの最下層を調査した。 実験1では、中心気圧や最大風速といった台風の強度を示す指標のうち適切な評価関数を選択するために、中心海表面気圧の気圧に対する感度、東風の最大風速の東西風に対する感度、最大水蒸気混合比の水蒸気混合比に対する感度を調べ、比較を行った。 実験2では、15km解像度において6時間のアジョイント感度解析による感度分布や感度の値の妥当性を評価するために、最大風速の1グリッドを評価関数に設定し、東西風に対する感度を基に、摂動を与えて評価関数である6時間後の最大風速の変化を調べた。 実験3では、得られた感度分布から効果的な観測地点を抽出するために、台風中心付近の風速の東西風に対する感度に着目し、OSSEを実施した。 この際、6時間後の台風中心付近の風速の変化や最大風速の変化に着目し、評価を行った。

表1 感度解析の設定
共通設定
モデル WRFDA v4.5.2 adjoint
水平解像度 15km × 15km
グリッド数 101 × 101 × 61
上端気圧 50hPa
初期値/境界値 NCEP GDAS/FNL
実験1
計算期間 2023/08/01/00:00~06:00,00:00~12:00
評価関数 半径90kmの最下層中心気圧
最下層の最大風速
最下層の最大水蒸気混合比
実験2
計算期間 2023/08/01/00:00~06:00
評価関数 最下層の最大風速
実験3
計算期間 2023/08/01/00:00~06:00
評価関数 最下層の台風中心から半径150kmの風速




表2 観測システムシミュレーション実験(OSSE)の設定
モデル WRF v4.5.2
水平解像度 15km × 15km
グリッド数 101 × 101 ×61
上端気圧 50hPa
初期値/境界値 NCEP GDAS/FNL
計算期間 Nature run:2023/07/31/12:00~08/02/00:00
Control run:2023/08/01/00:00~08/02/00:00


図2 感度解析/OSSEのイメージ図




*** 結果と考察 ***

*** 実験1:各評価関数の比較実験 ***

実験1では、各評価関数の各変数に対する感度を確認した。


(a) 6時間後のP

(b) 6時間後のU

(c) 6時間後のQV

(d) 12時間後のP

(e) 12時間後のU

(f) 12時間後のQV

図3 実験1の結果


台風の中心海表面気圧の気圧に対する感度では、正負の感度場が交互に現れた。 これは与えた気圧の摂動が対流重力波として広がっていたと考えられる。
東風の最大風速の東西風に対する感度では、1時間のバックフォワード計算を行うと、壁雲域の中でも強い対流が検出された位置に高感度場が現れ、その後台風の渦に沿って時間逆方向に時計回りかつ外側に広がっていた。
最大水蒸気混合比に対する水蒸気混合比の感度では、特定の半径に正の高感度場が現れ、台風のインフローに伴って時間逆方向に外側に広がっていた。
感度の値からも示唆されるが、傾度風調節を考慮すると、気圧の感度は重力波により広がることで6時間後の影響としては残りにくい一方で、風や水蒸気の感度は影響が残りやすいと考えられる。
このことから、台風強度の指標として評価関数に下層の風速を選択した。



*** 実験2:1地点の最大風速を評価関数に設定した感度解析 ***

実験2では、最大風速の東西風に対する感度に着目し、1つの格子点に0.01 m/sの摂動を与えた計算を行った。
なお、いずれも6時間後の最大風速が正の変化を見せるように、正の感度点には+0.01 m/sを、負の感度点には-0.01 m/sを与えた。

図4 感度分布の時系列変化
図5 時刻t=0の感度分布と高感度点

表3 初期値を変更した計算の感度の値と時刻t=6の最大風速
感度の値 時刻t=6における最大風速
Control run 43.31502 m/s
正の高感度点
2.23×10-2 43.37231 m/s
2.20×10-2 43.38698 m/s
2.12×10-2 43.33260 m/s
負の高感度点
-6.79×10-3 43.20484 m/s
-6.63×10-3 43.36830 m/s
-6.40×10-3 43.41052 m/s
低感度点
2.23×10-7 43.29021 m/s
5.37×10-7 43.32727 m/s
-1.06×10-6 43.18614 m/s

感度解析から得られた低感度点に摂動を加えた計算では感度の符号と評価関数の変化に差が生じ、最大風速の変化の絶対値も0.02m/s程度と小さかった。
一方、高感度点に摂動を加えた計算ではおおむね感度の符号と整合性の取れた変化が見られ、最大風速の変化の絶対値も0.05~0.10 m/sと低感度点に摂動を与えた計算と比較して大きかった。
このことから、台風に対して15km解像度における6時間のアジョイント感度解析は有効で、感度分布についてもおおむね信用できると考えられる。



*** 実験3: 台風中心から半径150kmの風速を評価関数に設定した感度解析/OSSE***

台風中心付近の風速の東西風に対する感度と南北風に対する感度に着目し、OSSEを行った。

図6 東西風の感度分布の時系列変化
図7 南北風の感度分布の時系列変化
図8 時刻t=0の東西風の感度分布と同化点
図9 時刻t=0の南北風の感度分布と同化点
図10 東西風の感度の値と時刻t=6の最大風速のNature runとの差分
図11 南北風の感度の値と時刻t=6の最大風速のNature runとの差分

東西風に対する感度では、感度の値と6時間後の最大風速の変化の関係を見ると、感度の絶対値が大きい点に同化した計算では仮真値であるNature runに近付くように0.5~0.9 m/sの6時間後の最大風速の変化が見られた。 感度の絶対値が小さい点に同化した計算ではNature runに近付くように0.5 m/s以上の変化をしたものもあれば、同化する前のControl runからほとんど変化しなかったもの、反対にNature runから離れるように0.5 m/sの変化をしたものもあった。 南北風に対する感度では、感度の値に関わらず-1.0~1.0の範囲では6時間後の最大風速がNature runに近付くように0.5~0.9 m/s変化しているものもあれば、Control runから0.1 m/s程度しか変化をしていないもの、Nature runから離れるように0.5 m/sの変化をしたものもあった。 しかし、仮真値であるNature runに近付いた計算に着目すると、台風中心から北東付近に同化した計算であった。東西風に対する負の高感度点周辺かつ南北風に対する正の高感度点周辺に同化を行った計算が多数を占めていた。



*** なぜ北東に同化した計算がNature runに近付く変化を見せたのか ***

東西風に対する負の高感度点周辺かつ南北風に対する正の高感度点周辺に同化を行った計算が多数を占めていた。

図12 北東に同化した計算とControl runの時刻t=0における東西風の差分
図13 北東に同化した計算とControl runの時刻t=0における南北風の差分
仮観測データであるNature runの風速の値は同化元のControl runよりも大きく、台風中心から北東付近に同化した計算では広範囲にわたって東西風に負の摂動、南北風に正の摂動を加えているため、Narure runに近付くように最大風速が変化したと考えられる。 3次元変分法によるデータ同化では、同化の影響が広範囲にわたって与えられており、高感度点1点に限定しなくても、高感度点周辺の観測には価値があることが示された。
図14 台風Khanunの経路
また、台風Khanuの経路に着目すると、台風中心から北東は台風の危険半円にあたり、風が強い領域である。 そのため、台風の最大風速を決める台風中心付近に影響が残りやすかったと考えられる。




*** まとめ&今後の展望 ***

以上の結果から、気圧の感度は重力波により広がることで6時間後の影響としては残りにくいが、風や水蒸気の感度は影響が残りやすいことがわかり、最大風速を評価関数に設定し摂動を与えた実験から台風に対して15km解像度における6時間のアジョイント感度解析は有効であることが分かった。また、台風中心付近の風速に着目すると感度解析によって得られた高感度場周辺の観測には価値があることが示された。特に、本研究で扱ったKhanunでは、台風中心から北東の東西風に対する負の高感度場、南北風に対する正の高感度場付近が最も効果的な観測地点であることが示された。 本研究では、データ同化を3次元変分法のみでしか検証できていない。力学的に整合性をとる4次元変分法やアンサンブル変分法等でも同化を行ってみる必要があると考える。 さらに、Khanunの1事例に留まった研究であったため、他の台風事例についても同様の傾向が見られるのか、または見られないのかを調べていく必要がある。



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