☆試験を受けようと考えたきっかけ

私の大学での専攻は文学部です。

職業も、もちろん理数的な門戸などなく事務的な職種を選んで就職しました。

2004年4月、NHK放送局・編成部 番組審議会事務局の担当として採用されました。

番組審議会というのは月に一度、審議委員12名と放送局側12名が集まり直近1か月間に視聴した番組についての批評や感想を話し合うものです。

委員に選ばれる人はみな有識者で、様々な仕事をしています。能の宗家や一代で引越屋を全国規模にした女性社長、美術館の館長、研究所に勤める医師、元ラグビー選手など、分野は様々です。

この人たちの感想や批評を聞くと、それは自分の職業見地から成っていて、1つの社会派の番組をみても芸術の側面から見ればこう見えて、医学の視点からはそう分析できるのか、という驚きばかりでした。

それまで就きたい業種を目指しての努力はしてきても、更に職種を定め、何を磨き、どう突出していくのかまでは考えの及ばなかった私にとって「自分の軸」を職業に見出し、体現しているプロフェッショナルと仕事を一緒にしたことは自分の職業観に大きな影響を与えました。

私もこの分野が得意、といえるものが欲しい。いつかは報道の現場での仕事を志望していたので、政治・経済・社会・科学・文化・国際情勢・・・ニュースを眺めながらどの分野なら精通できるだろう、と思いを巡らす日々が始まりました。

そんな折、2004年10月20日、近畿地方を台風23号が襲いました。

京都府舞鶴市では国道175号線が冠水し、観光バスが立ち往生、乗客がバスの屋根に避難する映像が放送されました。

その後、一日経って乗客は救助され、彼らがどうやって無事に屋根の上での時間を過ごしたのか、などが語られるようになりました。

でも私の頭に浮かんだことは、なぜ台風情報が何日も前から出ているのにも関わらずそこにバスを走らせ、川の近くにいたのだろうという疑問でした。

前職の気象台で、予報を担当していた予報官に聞いた言葉で、「予報が当たっても褒められることはない、外れたら苦情の電話が来るし、予報の内容は現実と合っていても、情報を正しく理解できずに結果、被害に遭うことでも苦情は来る。褒められることはなくても、ただ正確な結果を残すのがこの仕事なんだよ。」

という話を思い出しました。

今回の台風による事故はまさに事前情報の受け止め方の不備が引き起こしたものではないだろうか、

気象台の人々の愚直な姿を思い出し、気象情報と社会を正確に結ぶことができれば、と考えるようになりました。

台風をはじめ、自然災害のニュースは、事前情報(防災・予報)と事後情報(災害映像・被害状況など)の二種類に大別できます。

放送局の性質上、事後情報というセンセーショナルな災害後の報道に時間を割く傾向があります。

私は、災害の事前情報に強い人間になって、軽視されがちな災害への備えを、いままでにないくらい正確に伝えられる人を目指すことにしました。

 

心が決まると、やるべきことが一気に増えました。

報道現場への異動場所探し、気象の知識を得るための勉強・・

社会的に気象の知識があると認められる、気象予報士の取得は絶対だと考え、ここから資格取得に向けての勉強が始まりました。